母の想い
「赤ちゃんができたの」
そう娘から報告を受けたときは、本当に嬉しかった。これまで苦しい思いをしてきたあの子には、幸せになってほしいとずっと願っていたから。
ときにははち切れんばかりの笑顔で、またあるときは不安げに眉を下げて。娘は頻繁に私のところへやってきた。
「お母さん。初めて赤ちゃんの顔を見られたのよ。ほら見て。今どきのエコー写真って、すごいよねえ」
「お母さん……わたし、ちゃんとした『お母さん』になれるかな?」
初めての妊娠。不安に押しつぶされそうになることもあるだろう。だからいつも、私は娘の頭をやわらかく撫でてこう伝えるのだ。
「大丈夫。あなたは素敵なお母さんになれるわ」
私の言葉が、どれだけ娘に伝わっているのかはわからない。それでも「じゃあ、帰るね」と立ち上がるときの娘の顔は、いつも笑顔だった。
***
「お母さん、女の子だったよ。お医者さんの見立て通り」
臨月にはパンパンのお腹を抱えていた娘が、赤ちゃんを抱っこしながらやってきた。
「目元があなたに似てるわね」
そう伝えると、
「似てるかな? でも、赤ちゃんの顔なんてどんどん変わるもんね」
と笑っていた。
***
「お母さん」
今日もまた、娘が私に会いにきてくれた。いらっしゃい、よく来たね。いつものように、そう声をかける。
「子どもは旦那に預けてきた。なんか、疲れちゃって。育児疲れってやつかなあ」
そう薄く微笑んだ娘の目の下には、くっきりとクマが浮かんでいる。眠れてないの?と尋ねると、
「夜泣きがすごくて。昨夜なんて、いっそ口を塞いじゃったら静かになるかも……なんて思っちゃってさ。こんなんじゃ、ダメだよねえ」
消え入りそうな小さな声、ため息。そして、嗚咽。
「ダメなんかじゃない」
「あなた、頑張ってるじゃない」
「お母さんだってそうだった」
だからそんなに、思い詰めないで。
震える細い肩を抱きしめようと手を伸ばすと、するり。手応えなく、すり抜けてしまう。
涙をいっぱいに溜めた娘の目が、私を見つめる。――私の、後ろにあるお墓を、見つめている。
「ダメだね、こんなんじゃ。頑張らなきゃ。お母さんが生きてたら、なんて言ってくれたんだろうなあ……」
そうして娘は、いつものように手際よく花瓶の水を替え、線香に火をつける。娘が私の月命日に墓参りをするようになって、もう10年になる。
聞こえているよ、その声も。
届いているよ、その想いも。
生者が死者を偲ぶように、死者も生者を想っている。この想いが、少しでも届きますようにと祈っている。
「お母さん、また来るね」
そして今日もまた、娘の背中が小さく、消えていく。
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