姫の一億円札を盗ったのは誰 Vol.1

とある家族の異質で歪な話。


なんの前触れもなく、突然親父から電話がかかってきた。

「引っ越しを手伝って欲しい」

これが全ての始まりだった。

俺の実家は片田舎にある、まあ・・・貧相な家だった。
連棟のそれはボロボロで、ついに建て壊しが決まったのだ。

今時ボットン便所に風呂なしの家なんて、うちの実家くらいだろう。

親父は飲んだくれで仕事もせず、俺はド貧乏の家庭で育った。

「正則、酒買うお金をじーじから貰ってこい」

俺が小学生で1人でバスに乗れるようになったのは親父の酒代を祖父に貰いに行くおかげだった。

俺はそれが当たり前だと思っていたし、自分の家が他と違う事に大人になるまで気が付かなかった。

社会人になってから実家がド貧乏だった思い知った。

周りからは「その家庭環境でよくグレなかったね」なんてよく言われる。

そんな風呂なしボットン便所の実家でも無くなるとなったら少し寂しく感じた。

18歳で就職するまでずっと育った実家。

想い出も詰まっていた。

引っ越し先は実家の目と鼻の先で、新しく経った市営マンション。

70歳を越えた親父が、綺麗な家に住めるようになったのは嬉しかった。

そして肝心の引っ越しだが、親父は昔堅気の人で業者は呼ばないと言う。

荷物も少ないから台車で新居に運ぶと言うのだ。

いつの時代のタンスなのか、やたら大きくて古いタンスや、大げさな雛人形など全部自分で運びたいと。

確かに新居は歩いて1分以内の所にあるが・・・

さすがに男手が、俺と70歳過ぎた親父の2人では心もとない。

そこで俺は元嫁との間に出来た20歳の息子に手伝いを頼んだ。

今の嫁とは結婚5年目になるが、前妻とも面識があって息子も仲良くしてくれている。

嫁はあまり過去に拘らないタイプで、前妻とも上手く付き合ってくれて助かっている。

もちろん嫁には引っ越しに着いてきてもらうつもりだ。

親父は嫁に気を遣って前妻とはもう会っていなかった。

それが当然だろうし、普通は前妻との関係が絶たれているのが当たり前だろう。

そんな俺と親父の気持ちをお構いなしに、息子は引っ越しの手伝いに前妻も呼んで欲しいと言う。

正直、親父も嫌がるだろうし前妻には来てほしくなかった。

いや、呼ばないのが普通だろ。

だけど、そんな俺の気持ちを嫁は汲んでくれていた。

むしろ嫁はこんな歪な関係を面白がってるようだ。

何度か前妻から「引っ越しを手伝いたい」という連絡がきて、俺は渋々前妻も引っ越し要員に加える事にした。


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