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暗箱奇譚 第4話

「分かってきたって…どういうことだ?」
「説明は後で。魔素が原因なら———」
 夜見は小さな四角い箱を取りだした。それが青く光っている。

「何だそれ?」

「始末屋さん。この箱をあの化け物に投げてください」
「は?」
 返事も聞かず、ソレを俺に放り投げると夜見は遠くへかけだした。
「おい!」
 俺の制止は意味がなく、夜見の姿は消えていた。………なんなんだ一体。
 仕方がない、コレが何なのかさっぱりだがやってみるしかないだろう。俺は謎の箱に術をかけ、化け物に命中するように放り投げた。

 と、箱が更に激しく光り視界が奪われた。光はすぐに消え失せ、先ほどまで暴れていた化け物は、人間へと姿を変え倒れている。先ほどの箱は消え去っていた。やはり今回も、人が化け物に変えられていたようだ。
「どういうことだ?」
 呆気にとられていると、急に背後から声が聞こえた。
「うまくいきましたね」
「わ!」
 思わず声を上げてしまった。見ると先ほど走り去った夜見だった。
「何だあれは?怪異がおさまったというか、消え去ったぞ?」
「魔素を無効化しただけです。一時的なので、元を閉ざさないと駄目ですけどね」
「さっきも言ってたけど、魔素って?ちゃんと説明してくれよ」
「……そうですね。じゃあ場所を変えましょうか」

 調査部の夜見の説明は、にわかには信じがたいものだった。
 それは、この世界の歴史を遡るという。
「神代の時代———現在の認識では神話や言い伝えなど言われてますが、現実にあった話です。神と神人と呼ばれるものが存在し、調和の取れた時代がありました。その時代はさきほどの魔素があふれ、神人が神に与えられた神技(ワザ)を用いた技術がありました」
 おとぎ話のような告白に、俺はかなり失望したが、先ほど目にした謎の箱や効果を思いだし、我慢して聞くことにした。

 要約すると、のちに神人が人間を作ったが、欲深い人間が反乱を起こし「神殺し」をしたらしい。そのため、神人も滅び、魔素が減り、魔素をエネルギーにしていた神技は使えなくなった。そのため人間は「人工の神」を造り人為的に魔素を発生させ神技の技術を維持していたが、人工神は不安定で、ひとつだと魔素の量が少なく、そのため各国で造った人工神を奪い合い、禁忌の技で融合させ、魔素量を増大させる戦争が起きた。

 禁忌とされた技で融合した人工神を人間がコントロールできなくなり、人類は滅亡しかけた。残り少ない人間が、人工神と新たに契約し「魔素なしで生きられる」よう作り替えて貰った。それが、今の人類だという。だが、人は神の約束など忘れ、発見された過去の遺物、神技に着目し新たなエネルギーとして「魔素」を人工的に発生させることにした。

「それが怪異の始まりです。神の約束を反故にした人類は罰を受けているんです。魔素を浴びた人間はあのような姿に変わる」
「魔素が人を化け物にさせる……ってことか?」
 俺が問うと、夜見は頷いた。「多分」
「誰がやったか知らないけど、魔素を発生させなければ怪異はおさまるって言うのか?」
「今更無理でしょう。神技はこれまでの科学を超える高い技術ですから」
「じゃあどうしろって言うんだ?」
「魔素なしで生きられる体を手にした今の人類に、魔素を強く浴びるとあのような化け物に変貌します。人にとって害しかありません。だけど、神技には魔素が不可欠。神技はまるで神のような力があります。それを欲深い人類がみすみす捨てるなんてあり得ません。魔素による変貌を防ぐ何かしらの方法が必要で、魔素を必要とする神技を禁じれれば話は早いですが、無理でしょう」
 そこまで説明すると、夜見は「そこで」と区切った。

「今の神を殺すことで、魔素の呪いは解けます」

 と。耳を疑うことを言い切った。
「何言ってんだ?神って………」
「人工神、人が作ったニセモノの神です」
「そんなもん本当にいるのか?」
 視える俺が言うのも何だが、神を人工的に造るとか、殺すとか理解を超えすぎている。
「ええ………少なくともこの国には」
「どうしてそれが分かるんだ?」
「怪異は今の所この国にだけ発生しています。魔素もこの国でのみ人工的に発生出来てますし、魔素も増えてきています。つまり、この国は世界で唯一高い技術を掌握していることになります」
「それってヤバイんじゃないのか?」
「ええ。喉から手が出るほど欲している国はあるでしょうね」
「ですが、魔素による怪異の発生、化け物に変貌するリスク、コントロールが出来ていない不安定な状況、それらがかろうじて戦争を防いでいる状態です」
 あの騒ぎが、戦争を防いでいたなんて思いも寄らなかった。

「……どうしたらいいのかさっぱり分からない……」
 俺が呟くと、夜見が例の箱を取りだした。今はあの時のように光っていない。
「とりあえず、この箱で魔素を無効化出来ます。これは試作品ですけど」
 そうだ、なぜ夜見はこんな特殊な箱を所持しているんだろう。
「調査部の方で我が国のマザーAIと協力して魔素を無効化するシステムを開発中です。今の怪異の原因は魔素だと分かりましたから」

 この国だけでなく、世界各国にはその国をほぼ管理するAIがある。おかげで安定し安全な秩序の元、生活出来ている。そんな科学が発達している一方、怪異なども発生しているのはなんとも不可思議だが、現に起こっているのだから仕方がない。この世は謎に満ちている。
「マザーAIは、誰がどこで魔素を発生させてるのか分からないのか?」
「調べてますが、なかなか。………さて」
 夜見は、例の箱を何個か俺に渡す。
「今はこれだけですが、始末屋さんに使っていただきます。改めて今まで分かった調査結果などは、担当者に報告しておきます。………では、僕はこれで」
 そう言って、夜見が去って行く。ポカンとしていた俺が、あわてて追いかけたが、もう姿は見えなかった。

 神を殺す。

 存在すら分からないものを殺すなんて、果たして可能なんだろうか?

 そしてそれが正しいことなのか?

 俺には分からなかった。

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