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長い、長い、休日 第19話

【カネチカの話4】

 レスキュー船は静まりかえっていた。臨時とは言えキャプテン・シリウスの隊に所属している俺が、深く落ち込んでいるのを知っているからだ。先輩を救えなかった。見捨てるしかなかった。相棒の俺が、それを受け入れられるはずはない。
 だから、隊の仲間は俺に声をかけることも出来ず、ただ黙っている。キャプテンも何も言わない。多分内心は喜んでいるのかもしれないが。何故、キャプテンは先輩をあんなに嫌っているんだろう。先輩には心当たりがあるようだが、俺はいい大人がやることではないと内心思っている。
 いや、もしかすると、その原因は俺が絡んでいるのかも?と、今になって気付いた。

「……キャプテン。少し話がしたいのですが」
 俺が声をかけると、キャプテンは目でついてこいと合図する。そのまま付いていくと
「めけめけ王子くんの事?」
 後ろを向いたままキャプテンが言った。
「はい。先輩があれほど言えない事って………キャプテンはご存じなのですか?」
「ええ。知ってるわ」
「教えて下さい。知らなきゃ駄目なんです」
「……そうね」
 そこで振り返ると、「でも、同じ過ちはしないでね」という。
「え?」
「まぁ、二度目はないか…」
 そう呟くと、隊に待機するよう命令をかけ、俺たちは地球へ降りることになった。

「見たほうが早いわ」

 そして、連れて行かれたのは平屋の家で、中に入ると俺たちの絵が飾られていた。
「ここは?」
「マサキのアトリエよ」
 キャプテンは、何枚も飾られているある人物の絵を指さした。
「これがめけめけ王子くんよ」
 初めて見た、先輩の素顔。初めて会ったときから、ずっと仮面をしていた。その理由がようやく分かった時、急に胸が苦しくなった。

「………ああ。俺は………なんてことを」

 なぜ、今まで忘れていたんだろう。
 先輩が言えなかったのは無理もない。それは、告発と同じだから。
 先輩は言えない、言いたくても言えない。

 だって、先輩は………。

「俺が、先輩を………殺したから」


 キャプテンは、冷たい眼差しで俺を見ていた。———そうだ。本当に憎んでいるのは、先輩じゃない。この俺だ。
「ええ、そして無理矢理生き返ったの。だから彼は感情が欠けているのよ」
 深く沈めていた記憶が波のように押し寄せる。色んな感情と共に。俺は胸を押さえて歯を食いしばる。嗚咽にも似た声が洩れていた。
「思いだしたのね。………あなた方が一緒に暮らしていたことも」

 ———兄さん。

 俺は先輩をそう呼んでいた。
 訳あって、先輩は俺の家に暮らすことになった。先輩はあの頃から優しかった。
 その優しさにつけ込んだのが、あの疫病神だ。
 親の仕事の関係で、俺たちは地球に仮住まいをしていた。もちろん原生生物(ヒト)になりすまして。先輩はヒトが苦手だったみたいだが、単純な俺はヒトが好きだった。ただ、ヒトは凶暴なところがあって、そこだけは苦手だった。
 疫病神は、単純な俺に近づいて良からぬ事を唆した。先輩はソレを阻止するために命を失った。俺は絶望した。ヒトから心の一部を引き剥がし、それはやがて寄生種になった。幼かったが強大な力を持っていた俺に、疫病神は目をつけていたようだった。
 ヒトが幸せになるには、ソレが邪魔している。
 そんな甘言だったと思う。幼さと自分の力の危険性を自覚していなかった俺は、ソレを実行してしまった。幸い全てのヒトが被害に遭ったわけではないが、多数の被害が出てしまった。先輩が身を挺してそれを最小限に防いでくれたからだ。

「死にたくない」

 先輩が言ったのを覚えている。ボロボロになった装備から血が流れている。本体が大ダメージを負っているのが分かった。
「俺が死んだら………責任とれ……ない」
「兄さん!兄さん!」
 俺は馬鹿みたいに名前を呼ぶことしか出来なかった。
「カネチカ…は悪くない…俺がしたことだ……から」
 先輩は自分がしたことだと言う。そして生き残って責任を取ると。幼い俺に背負えないと考えたからだろう。………先輩だって子供なのに!
 血まみれの手で先輩は俺の胸を掴んだ。俺と先輩の顔は近づいた。

「ごめん………カネチカ。その力もらうよ」

 むき出しになった先輩の力強い角が見えた。………美しいと思った。
 俺の記憶はそこで止まる。

 いつの間にか泣いていた。俺はあの時からずっと泣き虫だ。
「思いだしたのね」
 俺は頷く。

「彼は禁忌を犯したわ。死者蘇生は大罪なの。だから、顔にその徴(アザ)があるのよ」

 マサキが描いた先輩の絵には、その徴がしっかり描かれている。見るものには禍々しくも、美しくも感じる徴が。だから、仮面で隠していた。皆が先輩に冷たいのは咎人だからだ。
「なぜ、マサキはこんな絵を?」
「さあね。あのヒトが絡んでるみたいだし、マサキの意志は別として、この絵を目にすることで苦しむ姿が見たかったんじゃない?……それに」
 キャプテンは、これ見よがしに置かれているイーゼルの絵を指さした。
「あなたと接触したときの姿を残しているもの」
 その絵を見て、俺は戦慄した。
 ああ、本当に、あいつは疫病神だ。
 あくまでこちらに選択権があるように見せかけ、そのくせあいつの思惑通りだ。

「俺は、自分の罪を償います」

 俺がそういうと、キャプテンは肩をすくめた。
「その必要はないわ。………例え、めけめけ王子くんが止めなかったとしても、ね」
「え?」
 キャプテンはひどく嫌なものを見る目で言った。
「だって、あなたは特別だもの。どっちにしても罪をかぶるのは、めけめけ王子くんよ。あの子バカだから、あなたを止めて勝手に死んだの。それだけじゃなく、特別なあなたの力を奪って蘇生したのよ」
「何を………」

「だって、あの子はあなたの身代わりだもの。だから引き取ったのよ……奴隷として」



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