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暗箱奇譚 第10話

「なに———を?」

 俺は、なんとか言葉を振り絞った。頭の中では、何を馬鹿なことを!とか思っているくせに、胸の動悸は治まらない。一体どうしたっていうんだ?

「ありえない………ですよ。俺が、守護者なんて。だって…俺は…」
 何故か、俺の手は震えている。明らかにおかしい。どうしちゃったんだ。
「カナメ……」
 名を呼ばれる度に、胸が痛い。苦しい。訳が判らない。………なのに。
「やめて………ください……」
 ようやく俺はそう言って、ノブナガから距離を置いた。

 あり得ない。俺は守護者なんかじゃない。俺はあまりに非力だし、人間だ。
 一方で、剣が修復できたのも、俺が始めから分かっていたということも説明はつく。
「信じられない……俺は非力だ。ずっと人間だと思ってた。今、そんな事言われても、俺は今の俺の記憶しかない。………なのに、体が………」
 震える手に力を込めて、なんとかおさえていたが、今度は体が震えてきていた。
「すまない、カナメ。ずいぶん待たせた」
 と、俺の頭の中で、ひどく罵倒した言葉が浮かぶ。

『残るなんて言ったはいいが、この世界は何だ?
 腐って狂って歪んでやがる。
 ニセモノが神のフリして創ったこの世界。
 いつも血の臭いがする。死の匂いがする。
 これなら一緒に死者の国へ行った方がマシだった———』

「………なに?これ………」
 俺は声に出していた。自分の心に、思考に、しっかり聞こえた。この憎しみに溢れた言葉は?
「カナメ?」
 ノブナガの声に、我に返る。その時、以前もこんな風に聞こえていたことがあった事に気付いた。
「ノブナガ…さん。俺は守護者なんですか?だったらどうして俺にはあなたのような力がないんです?どうして、俺は独りだったんです?守護者は二人でひとつだって」
 俺の言葉に、ノブナガは辛そうな表情を浮かべた。
「ああ。確かに。………いつも一緒だった」
「ならどうして?」
 そう言いながら、俺は気付いていた。………この結果は俺が選んだことなんだと。
 無意識に俺は自分の胸を掴んでいた。未だにズキズキと痛む。

「なぜ、俺だけこの世界にいたんです?」
「———この世界の行く末を見ていた」
「神が死んだ世界を?」
「元はニカ殿が創った世界だから」
「なんのために?」
 ………ああ、愚問だ。俺は、自分が嫌になった。俺がこんなにひねくれてしまったのも、誰のせいでもない、俺が勝手に残って失望した結果なのだ。
「いや、いい。………全部俺が決めた事なんだな」
 ノブナガは何も言わず、俺を見つめている。じわじわと、俺は気づき始めていた。そして、本来の目的すら見失って、力の使い方も忘れて勝手に失望していた。

「だから、夜見が俺に接触してきた……のか。舐められたもんだ」
 やっと、俺は自分がなんであるかを自覚した。気の遠くなるような時間を独りで過ごして、こんなみっともない姿をさらしてしまった。………情けない。

「俺は、ニカを殺した人間を見限れなかった………愛していた」

 俺は、ノブナガに近づいた。胸の痛みは消え失せ、体の震えもおさまっている。「二人は俺の我が儘を聞いてくれたのに、こんなになっちまって情けないよ」
「仕方がない。それだけ辛い思いをしてきたんだろう」
「ぶん殴ってやれば良かったのに」
「冗談じゃない」
 そう言って、俺を抱きしめた。………ああ、懐かしい。俺は無意識に腕をまわしていた。
「甘やかすなよ」
「今くらい良いだろう」
 俺たちは、しばらく硬く抱き合っていた。ようやく離れたときには、ニカがニヤニヤしてこちらを見ていた。
「いつの間に」
「おかえり、要ちゃん」
 相変わらず軽く言うニカに、俺は小さく「ただいま」と言った。
「………さて。要ちゃんが完全復帰したってことで。あとは……」
 そういって、ニカは後ろを振り返る。そこには店に続くドアがあった。

「入ってきなよ。………夜見」

 その言葉に、ドアがゆっくり開く。
「どうも、ニカさん。守護者さん。そして………始末屋さん。ご無沙汰してます」
 全部見ていたくせに、口元に笑みを浮かべて夜見が入って来た。
「もうバレてしまったようなので、あれこれ誤魔化しませんが。お察しの通り僕は神の使者の夜見です」
 ニカは相変わらず、世間話をするように対応した。
「ご用件は?」
「神があなたと対話がしたいと。………僕を通して」
「対話?」
「ええ。確認したいことがあります。あなたはなぜ魔素を止めないのです?」
「止めるもなにも、本来この世界にあるものだからね。止める必要はないよ」
「魔素を止めない?あなたはまた人間に殺されたいのですか?」
 その言葉に、俺は一気に緊張した。こいつ、対話なんて言ってるけど、ニカを煽ってる。
「どうしてそう思うの?」
 ニカの問いに、夜見はあからさまに侮蔑的な視線を送る。
「あなたは神技を使った人間に殺された。神技が発動している今、魔素を止めなければまた人は繰り返すでしょう」
「確かに僕は人間に殺されたけど、今回も殺されるとは限らないよ」
「何を呑気な。今はあの神の力である神技を手に入れている。人は必ずその力に溺れ同じ事を繰り返しますよ」
「君は神技を畏れてるの?」
「当然でしょう。あれは神を殺せるのだから」
 ニカは、少し押し黙ると、

「使い方次第だよ。生かすも殺すも」

 俺は、ニカを殺した人間を最後まで見守るつもりでこの世界に残っていた。
 人は神の力を手に入れても、神にはなれない。
 神を生み出しても、それは神ではなかった。

「どうして人を信じられないの?君は人間の神様なんだろ」



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