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長い、長い、休日 第18話

 シリウスは簡単に別れを告げると行ってしまった。
 単に嫌味を言いたかったんだろう。コレで少しは気が晴れればいいのだが。

「さて、どうすっかなー」
 ソファに寝そべって、ヒトとしての生活を考える。俺は今、何もない。朽ち果てるのを待つ身だ。ヒトの寿命を考えると約80年くらいは保つらしいが。それが長いのか短いのか実感が湧かない。
「僕に面倒を見ろと?」
 いつの間にかタナカが側に居た。
「おお。そうかー、今の俺はタナカくんのヒモだなぁ」
 そう言うと、タナカの目が細まった。また軽蔑されたようだ。
「アカザさんの件はいいんですか?」
「んー。今更マサキのこと聞いてもなぁ。それにあいつに会うと俺の身体が言うこときかなくなるし、やめとこっかなぁ」
「そうですね、そういう意味ではハツネにもそうみたいでしたけど」
 言われて、タナカの友人を思い出した。あいつはマサキのファンだった。わちゃわちゃしていた記憶しかない。
「不可抗力だよ」
「あなたはもしかして、男性に色目をつかってます?」
「は?なんでだよ。俺はヒトに恋愛感情は持ちません」
「———キス」
 タナカは性格が悪いのかもしれない。
「マサキ成分の所為だ!」
「何ですかソレ」
「もういい。俺は今色々考えるから放っておいてくれ」
「いいですけど、買い物に出ますからお留守番お願いします」
 そう言うとタナカは出て行った。また呆れさせてしまった。

「ちぇ。なんか急に放り出されると調子狂うな」
 もう任務もしなくていいし、ただぼうっと死ぬのを待つってのも難しい。考えようによっては、自由を得たとも言えるが。

「こーんにーちはー」

 誰かのネタみたいな声が聞こえたので、玄関に出向くとハツネがいた。手には買い物袋を下げている。
「ハツネくん。タナカくんは出かけてるよ」
「あ、めけさん。そうでしたか。……先日迷惑かけちゃったので、お詫びに伺ったんです」
 外が暑かったのか、顔を赤らめてそう言うので、俺は家に上げることにした。ハツネは、少し緊張しながら中に入ると買ってきたものを取り出した。
「あ、冷たい内にどうぞ」
 そう言ってアイスを手渡した。反射的に受け取ってしまったが、俺はあまり食べるのが上手でないので戸惑った。俺たちは、人と違って飲食は基本しない。たしなみにお茶やコーヒーなど飲み物は飲めるが、食べるという行為は慣れていない。
「ありがとう…」
「残りは冷凍庫に入れますね」
 ハツネは慣れた様子でキッチンへ向かった。俺は手にしたアイスを持ったまま困惑する。戻って来たハツネが、俺が包装を上手く開けられないと勘違いしたのか、親切にあけて手渡した。
「どうぞ。美味しいですよソレ」
 ハツネも同じものを手にしている。俺は恐る恐るソレを舐めた。———冷たい。
 エアコンは効いているものの、今は夏だ。当然アイスは溶けていく。俺は、あくせくしながら舐めているが、無情にも手に滴っていく。くそう!こういうのにも慣れていかなきゃならないのか。面倒だ。
「めけさん、垂れてますよ」
 分かってる。手に持つタイプじゃなくてカップ系のにして欲しかった。
「お皿…あるかな」
 ハツネは直ぐに皿を持ってきて、アイスを置いた。すっかり手や腕がベタベタしている。タナカに床を汚すと怒られそうだ。
 俺が拭くものを探していると、ハツネが俺の汚れた腕を掴んだ。

「めけさん………もしかして、誘ってます?」

 何を言ってるんだコイツは。
「へ?」
「もしかして、利休と別れたんですか?」
 今更だが、利休というのはタナカの名前らしい。田中利休というのがフルネームなんだろう。名付けた親はお茶が好きだったのかもしれない。
「いや、付き合ってないし……」
「えっ!………じゃあアレって……ただ遊んでただけ?」
 遊ぶ?さっきから何を言ってるんだ?
 と、ハツネの目つきが熱っぽくなっていた。———なんか嫌な予感がする。
「手、離してく……」
「めけさん!」
 その瞬間、ハツネは床にキスしていた。

「タナカくん………?」
 絶対零度の視線を俺に送るタナカがそこに居た。ハツネはピクリとも動かない。ああ。
「やっぱり、あなたってヒトは…」
 ブツブツ言いながらタオルで俺の手を拭いている。
「カネチカさんならあの見た目だし、分かるけど、こんな地味目な顔なのになんで?」
「タナカくん…心の声がダダ漏れしてるよ…?」
「無駄に誘惑するのやめてください」
 タナカの言動は、本気で意味がわからないが、その威圧感に俺は頷く事しか出来なかった。
「まったく、こんなに性欲が強いなんて……」
 ないから。そういうのないから。と、俺は心の中でツッコミを入れた。声に出すと、また怒られる気がしたからだ。

「いいですか?今後一切ヒトと接触しないでください」
「いや…それは難しいんじゃ?」
「………なるほど、性欲を満たしたいと?では、余計な事をしましたね」
 タナカは何故か怒りを抑えてハツネを掴んで引きずっていった。
「タナカくん、どうするの?」
 くるっと振り向いたタナカの目は据わっていた。

「悪いようにはしませんよ。主様」

 ゴクリ……。
 俺はそれ以上何も言えなかった。………さようなら、ハツネくん。



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