長い、長い、休日 第16話
「先輩ー!温泉に行きましょう」
カネチカは戻るなり、唐突に誘ってきた。
「なんで?」
「温泉成分がガワとの癒着を和らげるかも知れませんよ」
「聞いたことねえけど」
「どこにしましょうか?野湯とかもいいですね」
「いや、やめとく」
「北海道?九州?こうなったら他の国でも——」
「何か言われたのか?」
俺の一言にカネチカは固まった。図星だったようだ。
「こうなったら先輩と逃避行したい………」
ぼそっと穏やかじゃないことを言い出した。何があったんだ?カネチカが任務中にこんなことを言い出すということは、よほどショックな決定が下ったのだろう。「俺を捨てて戻ってこいとでも言われたんだろ」
当たりを付けてそう言うと、カネチカの目に涙が溢れた。
「…………はい。もう手を引けと。任務は終了したって………」
そう言うと、俺に抱きついてグスグス泣いている。
「そっか、じゃあ元気でな」
俺の言葉に、カネチカはガバッと顔を上げると
「何でそんな事言うんですか!」
「仕方ないだろ。上の命令なら従うしかない。違うか?」
「だって、先輩見捨てられたも当然なんですよ。専用の装備は取り上げられてるし、ガワと癒着して外せないし。このまま地球に置いて行くなんて………酷いじゃないですか!先輩は俺が呼んだ所為でこんな目に遭ったのに」
興奮するカネチカの肩に手を置いて、少し落ち着かせる。
「カネチカくんの所為じゃないし、気にするな」
「先輩………そんな事言いたいんじゃないです———俺は……」
グズグズ泣きながらカネチカはその場にうずくまった。
「あまりにも勝手じゃないですか。先輩がどれだけ貢献してきたのか…」
やっと、何に嘆いているのかが分かった。どうも俺の感覚はズレているようだ。
カネチカは、俺の扱いが酷いと嘆いている。隊員に対しての本部の決定が非道だというのだろう。仲間を見捨てるのか、と。だが、カネチカは根本的なことが分かっていないのだ。
俺は、一介の救助隊員とは違う。
単なる使い捨ての駒で、厄介者なのだから。使えなくなったら破棄するのは、当然のことだろう。
「カネチカくん。とりあえず戻りなよ。俺は今すぐどうこうなる訳じゃないし、また任務でこっちに来たら会えるかもな」
俺の慰めの言葉は、カネチカにはあまり響かなかったようだ。悲しそうにこちらを見て、力なく立ち上がった。
「———こうなった以上、俺は知らんぷりなんて出来ません」
カネチカは一体何を言っているんだろう。心当たりが多すぎて混乱する。だが、何か良くない決心をしていることだけはわかった。
「カネチカくん。君が何を考えているかは分からないけど、このまま戻るんだ。余計な事はするな」
「余計じゃないです。もう、守られるのは嫌です。ケジメは自分でつけますから」
「何の話をしてる?」
カネチカは俺を睨む。
「ずっと、勘違いしてたんです。先輩が何かをしてしまったんだと。だから、ソレを償うためにこの仕事やらされていて、俺を付けることで、先輩をより苦しめているんだって」
「………。」
カネチカが、どこまで理解しているのか俺は必死で考える。
「でも、根本的に違ってました。…………俺がしてしまった罪を先輩が償っているんですね」
ああ、とうとう気付いてしまった。
知らないままでいて欲しかったけど、彼には我慢ならなかったんだろう。
「違うよ」
俺は抵抗を試みた。
「もういいんです。先輩、言って下さい。俺は何をしたんですか?」
「何もしてない」
「先輩!!」
カネチカが俺の肩を掴む。その手は少し震えていた。
「言っただろ。俺はカネチカくんが思うような奴じゃないって」
「もうその話はいいです。嫌なんです、知らないままでいるなんて。先輩が苦しむ姿を見たくないんです。俺は、俺のした事のケジメをつけられないのは苦しいんです!言って下さい!」
俺は何も言えない。言える訳がない。
押し黙る俺にカネチカは、悔しそうに涙を浮かべた。
また、苦しめている。俺は彼を苦しませることしか出来ない。笑顔でいてほしいのに。
「さよならカネチカくん。元気で」
俺の言葉に、カネチカの目は絶望の色を浮かべた。どんなに懇願されても言えないものは言えない。恨まれても構わない。俺はこの星でカネチカの幸せを願うだけだ。
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