見出し画像

暗箱奇譚 第6話

 俺は、夜見から渡された箱を見つめていた。小さな(サイコロキャラメルの箱くらいの)四角い箱は、銀色の金属のような素材で造られ、真ん中に穴が空いている。ガラスのようなもので穴は塞がれていて、中は真っ暗で見えない。重さはほんの少し感じられるくらいだ。
 これが、魔素に反応すると光るのを俺は見た。魔素を無効化すると、一層光が強くなり、箱そのものは消滅する。これはAIの協力で造られた代物。怪異とは言え、今回の場合は魔素という過去に存在したなぞの物質?の影響だ。これを抑えるためには、人工的に魔素を発生させる装置の破壊は元より、人を魔素によって化け物に変える呪いをかけている現在の神(神と呼ばれているニセモノの人工神)を殺さなくてはいけない。装置の件はなんとかなっても、神なんて………どうやって捜せば良いんだ?
 そして、何より夜見の言うニカやノブナガへこの箱を使ってみろ、という謎の言葉。
 夜見は、彼らが化け物と同じと言いたいのだろうか?そんな馬鹿な。

 一笑に付すことが出来ていたら、俺はこんなに悩んだりしてない。多分、俺は疑っているんだ。あの圧倒的な力や謎の剣のこと、それらが俺に囁く。試してハッキリさせれば良いと。ただ、ニカは俺の同級生だし、彼らを紹介したのは俺の尊敬する先輩だ。先輩に限ってあんな化け物を俺に紹介するだろうか?

「………はあ、仕方ない。こうなったら聞いてみるか」
 忙しいのは充分に承知してるが、ニカたちに箱を使用する前に、先輩に聞いてみることにした。先輩の端末にメッセージを送り、返事が来るのを待つ。近いうちに連絡が来たら良いと思っていたら、直ぐに俺のケータイが鳴った。
「どうした?」
「先輩、すみません。変な事聞くようですが、先輩が紹介してくれた協力者ですけど」
「ああ。知り合いだったようだな。協力して貰って良かったな」
「………ええ。その、………彼らは何者なんです?というか、ノブナガさん。武器を使って化け物になった人間を元に戻してました」
 ノブナガやあの箱で人の姿に戻れた被害者は、一様に化け物の時の記憶はないらしい。救いなのは、記憶を失った以外無傷だったことだ。あれだけ攻撃を受けてても、人に戻ったときには形跡すら残っていなかった。これもまだ調査の段階だがそう聞いている。
「……ああ。今回の怪異は魔素が原因らしいね。対策は聞いたけど、神を殺すなんてなかなかハードだな。………彼ら、というか彼のことは、実は俺もよくは知らないんだ」
「え?」
「ただ、信頼の置ける人物ってことと、とても強いってこと。それは確かだ」
「そんな……曖昧な…」
「ニカさんの事は知ってるんだろ?」
「ええ、同級生でしたから。今はあの店のオーナーなんですね」
「うん。変わった店でね、怪異の情報がよく集まるから俺はそこの常連になったんだ」
 怪異の情報?どういうことだろう?
「こんな状況だし、不審がるのは分かるけど、俺が保証するよ。彼らは俺たちの味方だ」
「………はあ」
 俺はモヤモヤしながらも話を切り上げ、先輩との通信を切った。あの先輩がここまで言うのなら信用して良さそうだけど。

 俺は自他共に求める「ひねくれ者」だ。夜見に唆されてるようで嫌だけど、この箱を使えばハッキリするのなら、試すべきだろう。
 俺は箱を見つめ、席を立った。まだ店は開いていないだろうが、行ってみることにした。

「あれ?」
 今まで、この時間ならドアが開いていたのに。なぜか今日はシッカリと施錠されていた。こうなったら開店時間に行くしかない、けど。客がいる前で箱を使うのはどうだろう?
 俺が店の前で思案していると。
「どうしたの?」
 そこには、ニカとノブナガがいた。
「あ。………ちょっと、話したくて」
 しどろもどろな俺を怪しむそぶりを見せず、ニカは快諾し、店を開けてくれた。空いた席に促され、俺とニカはそこに落ち着く。ノブナガはお茶を入れに行ったようだ。
「で、話ってなに?」
「うん………その、えーと………」
 俺はポケットの中の箱を確かめ、いつ取り出そうか迷っていた。
「あ、そうそう。怪異の原因が分かったんだ。なんか魔素が原因とか」
「魔素…」
「目には見えないんだけど、それを浴びすぎると化け物になっちゃうって」
 ノブナガが俺たちにお茶を振る舞う。緊張して喉が渇いていたので助かった。………と、

「魔素で人があんなことになるなんて信じられない…」
「———まあ、ね。で、それは神が人にかけた呪いで、その神を殺せばそんなことはなくなるって話だよ」
 俺がそう言うと、ニカは眉をしかめる。
「呪い?」
「調査部の人がそう言ってた」
 俺は、夜見から聞いた神と人がした約束の話を含め、仕入れた情報を伝えた。
「もちろん魔素を発生させてる装置も破壊するけど。神様なんてどこにいるのか………しかも殺せるものなのかな?」
「———神殺し……」
 ニカは苦しそうな表情を浮かべている。無茶なことを聞かされたのだから仕方がないが、なんかちょっと違う印象を受けた。
「魔素そのものは無害だよ。もともとこの世界にあるものだから」
「ニカ?」
「………ただ、今の人間にはリミッターがあるのかもね。神の約束を破ったら発症する呪い、かな。そのリミッターを超えた魔素を浴びると発症する」
 そういう仕組みなのかも。それが、神の呪いか。
「神は人が約束を守らないと知っていたから、人にそんな仕掛け(呪い)をしたのかな。始めから分かっているなら、約束なんてする必要はないのに」
「ニカは詳しいね。教えてもらったの?」
 先輩が伝えていたのだろうか?あんなおとぎ話が現実にあったなんて、未だに信じられないけど。現状を見たら信じるしかないのかも。

「それで、要ちゃん。その持ってる箱で僕達をどうする気?」

 突然の言葉に、俺は固まった。———今、なんて?
「もし、今ここに魔素が発生しているのなら、何度も来ている要ちゃんの身があぶないよね。それより、ここの常連なんていつあんな姿になるか判らないよ」
 ここは店だ。店には客が集まる。先輩みたいに常連客もいるだろう。魔素が発生していたら、ニカの言うとおり客がいつ化け物になるか時間の問題だし、とっくになっていてもおかしくはない。そんな当たり前の事に気付かないなんて。俺は馬鹿だ。
 そう思い、俺はポケットから箱を取りだした。何も反応していない。

「………なんで分かったの?」
 俺は、テーブルに箱を放り出した。
「箱のことは花山くんから聞いてたからね。さっきからずっと要ちゃんはポケットを気にしてたし、当てずっぽうだけどカマをかけてみた。………僕達の素性は怪しいからね」
「ごめん。どうかしてた。ただハッキリさせたくて…」
「仕方ないよ。……話せないことが多すぎる僕が悪い。でも、これで安心した?」
「うん———すまない」
 俺は頭を下げた。ニカは「もういいよ。おあいこだね」と言った。
「え?」
 ニカは箱をつまみ上げた。

「聞いてただろ。君は人を信用してなかった。そんな君に罰を与える資格はない。約束は互いの信用があってこそだから。君がしたのは「約束」じゃない「欺瞞」だ」

 ニカは箱に向かって言うと、その箱を高く放り投げた。側に控えていたノブナガが宙を振ると、箱は真っ二つに切られていた。手にはあの剣が握られている。
「ニカ?!」

「人を瞞す神なんていない———いるとしたらそれは悪魔だよ」
 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?