保健体育って落とせんの?




高校一年生の3月、僕は焦っていた。


この時期は一年間の成績表が手渡され、その結果により進級できるかどうかが決まるからだ。

それに僕は全くと言っていいほど勉強はしてこなかった。

テスト期間中も、高校生になって手に入れたスマホについつい手が伸びる始末。

YouTubeを見てしまい気づけば夜になってそのまま寝るという、まるで高校生である価値がないような時間を過ごしてしまっていた。



もちろんテストの結果は赤点ばかり。



教科の中でも暗記系が苦手だった。

世界史の人物の名前が中々頭に入らない。

あんなカタカナだけの名前をどうやって覚えろと言うのだ?

ポケモンの名前ならあんなに覚えられたのに。

大人になってからトドゼルガ、ハンテールなんて単語使うことないのに。

そういった苦手意識もあったせいで、世界史だけはほぼ毎日赤点を取り続けてしまっていたのだ。


学年最終の成績というのは、テストの点数だけでなく授業態度や提出物の提出率なども甘味される。

それらを合わせた総合的な点数が40点未満になると、その教科を落とすこととなる。

1つでも落としてしまったら仮進級となり、補
修を受けた後、模試を受けなければならない。

その模試に受からなかった場合、落とした教科を落としたまま一年を過ごす羽目になるのだ。


万が一、落としてしまった教科が3つに到達してしまうと留年という地獄を見ることとなるのだ。



僕は、留年さえも覚悟していた。



だって全く勉強してこなかったのだから。

世界史だけにとどまらず、古典、地学、あれらも赤点を取りまくっていた。


おまけに僕の所属していたクラブには、実際に留年してしまっていた先輩がいた。

だからこそ身近に感じてしまったのだ。


その可能性は十分にあるんだと。



はあーあ、何でこんなに勉強をしてこなかったのだろう?


過去の自分を悔やみきれない。

技術の進歩により、簡単に動画やゲームができてしまうケータイ電話に嫌気がさす。

だか、今更どう足掻こうと何も変わらない。



もう後は結果を待つだけなのだから。




そして、とうとう結果発表の日が来た。




僕は職員室のドアを開けて担任の元へ向かった。


緊張感漂う教室内


…無論漂っているのは自分自身だけなのだが。



どうか留年だけは避けたい。


絶対に避けたい。


年下の子達と一緒にやっていける自信がない。


学校に通えなくなるかもしれない。


この一年で仲良くなった友達と二年生も過ごしていきたい。


思い出を作りたい!




そんな思いを抱えながら僕は、担任からその結果を聞いた。


「僕の結果はどうでしたか?」


すると担任が口を開く。




「あんた…仮進級やで。」




仮進級……




良かった!


良かったーーーーー!


留年は免れた!


助かりました!


やりましたーーーーー!


なんとか2年生になれそうです!


素敵な思い出作れそうです!




留年ではないということに、つい「良かったー!」と声を漏らしてしまった。


しかし、そんな様子を見た担任は呆れた様子で僕に続けた。




「良かったちゃうわ。どうすんのよ。」




当然のことだ。


本来、普通に進級できることが当たり前なのである。


仮進級なんて進級できていないということなのだ。


"仮に"進級できてるだけなのだ。


その大恥に対して僕は喜んでしまった。


全く、情けない。


あの先生の呆れ返った表情、今も忘れられない。


でももう仕方ない。

決まってしまったのだから。



仮進級になったということは、僕は何かしらの教科を落としたこととなる。



果たしてどの教科を落としたのだろう?



やはり世界史か…


ずっと赤点だったのだから可能性は十分にある。


それか、古典か。

あれも悪い点ばっかとってたな。


ましてや地学か。

前日になんの勉強もせず挑むという無謀にも程がある挑戦をしていたなぁ〜



おそらくこれらのどれかを落としてしまったのだろう。


さて、何を落としてしまったんだろ?



そして僕は担任に尋ねることにした。



"僕、なんの教科落としたんですか?"



そう聞いた瞬間、担任の口から飛び出すはずのないような教科が飛んでくるのだった。






「保健体育……」





⁈⁈


ええ?


保健体育⁈


保健たいいく⁈


保健体育落としたんですか僕?




そう尋ねる僕に対して、担任はゆっくりと頷く。



僕が落としたの保健体育ですかあああああアアアア⁇




この時初めて知った。


保健体育でも単位は落とせる教科らしい。


しかし、よっぽどのことがないと落とすことはないのだとか。


不運なことに、僕はそのよっぽどの確率を引き当ててしまった、まさにドリームバカジャンボなのである。




誰が保健体育なんて単位落とすねん‼︎




ところで何故保健体育を落としてしまったのだろう?



思い返してみると、確かに心当たりがあった。


保健体育は通常テストに含まれない教科なのだが、年に2回だけ筆記テストがある。

僕はその両方のテストを丸腰ノー勉強で受けてしまったのだ。

その結果ダブル赤点を叩き出してしまったのだ。



後に聞いた保健体育担当の先生の話によると、この教科を落としてしまったのは学年約300人ほどの中でたったの2人だけだったらしい。


しかも、そのうちの1人は数ヶ月の間不登校となりテストさえ受けていなかったような子だった。


だから実質、保健体育を実力不足で落としてしまったのは僕1人だけだったのだ。


保健体育の実力不足って何?




もちろん僕は帰宅後、母親に元々バカな頭がさらにバカになるほど怒られた。


「学年で落としたの実質あんただけってことやで?」

分かってるよそんなこと。

しかし、母はさらに追い討ちをかけてくる。


「保健体育なんて何を落とすことがあんのよ?」


知らん!俺が聞きたいわそんなこと!


保健体育とかいう副教科を落としたこのバカ息子に怒りがおさまらなかったのだろう。


むしろ笑ってくれ。




そしてその情報は同じハンドボール部の奴らにも知れ渡ることとなる。



部員「ナンジョウ仮進級やったん?」

僕「そうやねん。」

部員「何落としたん?」

僕「保健体育…」

部員「保健体育⁇」

部員「ええーーー⁈あれってどうやったら落とせんのーー⁇」

部員「ギャハハハハハハハー!!!!」



完全なる笑い者となってしまった。


保健体育を落とすやつなど人生で見ることないだろう。


どーもソイツです。




その後僕は高校2年生になって、保健体育の補修を受けることとなった。

たった2人だけのための保健体育の補修。

これほど無駄な時間ってこの世にあるのでしょうか?






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