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深淵

 お前に出会ったのは内定先の懇親会だった。高身長で筋肉質、爽やかな顔に話しかけやすいいかにも好青年な雰囲気を纏っており、グループの女だけでなく男からもすぐに好かれた。見た目がよく愛想のよい人が多い総合商社の内定者の中でも、お前は特に周りからの印象が良かった。慶應の体育会、御三家からの東大卒など綺麗な経歴を持つ人たちは話もうまく愛想もよく、しかし根底から滲み出る自信というものを感じる度に胸焼けがし、まあこういう人が多いだろうと想像の範疇だったしなんとなく興味がわかなかった。それに比べてお前は、スペックは高いがそれを一切感じさせず、フランクな話し方と適度にドジボケをし個人の心の中に入り込むのが特別上手いように感じた。関西弁は東京人をイライラさせるとことがあるが、お前の時々出る関西弁は心地よかったし親しみやすさを生んだ。

二次会へ向かう途中でお前と二人で話した。俺もお前もサッカー部ということから会話が弾んだ。お前は俺に気持ちよく話をさせた。俺は自分語りに酔っていた。酔わせたのはお前だ。俺もそれなりの環境で生きてきたから、自分語りをして承認を得て気持ち良くなっている自分をわかっていたが、お前はあまりにも話を引き出すのが上手く、また会って数時間にもかかわらず、お前には自分の全てを知ってほしいという気にさせた。俺もお前と同じくらい質問をしたけれど、いつの間にか俺の方が喋らされていたし、お前は俺と同じくらいの深度で答えているにもかかわらず、もっと奥深いところに本当の答えが存在しているようで、しかもそこにたどり着くまでに何重にも扉を張っているような気がして、それがまたお前への興味を刺激した。

それからお前とは働き始めてからも仲が良かった。キャンプやサウナ、ゴルフなど社会人の男の趣味をとりあえずお前と一緒にした。俺はサッカーがしたくて社会人チームを探し、そこにお前も誘った。お前は上手かった。聞いたら、小中高で県選抜だったらしい、しかもキャプテンでエース。懇親会で意気揚々と自分の中学時の全国出場を語っていた自分を思い出した。お前はあの時、過去の栄光を自慢げに話す俺のことを心の中で笑っていたのではないか、お前はあの時どうして自分も選抜で全国に何回も出たと言わなかったのかと、普通の奴に対してなら多少の羞恥と恨みを感じたはずだ。しかし、お前相手ならばそう思わなかった。お前は絶対に人を馬鹿にすることはしない。それが人に対して興味がないから、俺に対しても興味がないからなのかもしれないけれど、それを感じさせないように接するのも、お前は上手かった。

いつも合コンは俺とお前と同期のもう一人を交えて戦いに挑んだ。全員世間から見たらモテる方。学生の頃もしっかり恋愛してきたから変な拗らせ方もしていない。それでもお前はひと際違った。お前は性としての女に興味がなく人間として見ている。だからよくガチ恋されていた。俺ともう一人は学生の頃よりも賢く綺麗な女を抱けることに楽しさと承認を求めていたし、どんなに学生時代遊んできた奴でもそういう時期が1,2年あることが普通だと思う。それも他の奴らに比べればましな方で、レベルの高い女たちにモテることにとんでもない快楽を覚え、女遊びに没頭し終いには浮気三昧、駆け引き恋愛論を語り始めるモンスターも同期には確かに存在していた。お前は一切の興味がなかった。一度、俺のドタイプの女が合コンに来たことがあった。ちょっとたれ目で黒髪ロング巻き髪前髪あり、大手広告代理店に勤務してる24歳、癒し系の雰囲気のなかに気品のある賢い話し方。俺は持ち帰りたいではなく、付き合いたいと思った。本気で狙いに行こうと思った。しかしその子はお前に雌の目を向けていた。お前は俺の気持ちを察していた。最終的にお前は一人で先に帰って、俺はその子とは二軒目のバーに行って解散した。お前のことをたくさん聞かれた。協力してほしいとまで言われた。俺はここで失恋したわけだが、これまでの俺だったら、上手く相談に乗りつつ会う機会を増やし俺の方に向かせようと算段をたてたはずだが、お前相手ならその気も起らなかった。そしておそらくこの子の恋は実らないだろうなと思った。

成功している奴は同性からの嫉妬を受けやすい。特に拗らせたやつから。俺は都内に生まれ、家庭環境はいいし中学から私立に入って大学も第一志望に受かり、サッカーサークルでそれなりに遊んで就活もうまくいった。他人に嫉妬することはなかったし、自惚れでなければ受けることの方が多かったように思う。誰とでも話を合わせられるし、適当にいつもニコニコしていたからお前と似たタイプだったと思う。また、ニコニコしていて話しやすいけれど、本当は何を考えているのかわからないなんてことは、俺も言われてきた。物事を円滑に進めるために自分の感情と分離したものとして言葉を発することができ、人づきあいがうまく社会性が高く、しかしどこか遠くを見ていて自分を誰にも見せない人は高校にも大学にもそれなりにいた。そしてこれまでは、その人の暗闇には深くは踏み込まないし、そのような付き合い方で割り切ることができた。この年まで生きてきたら人もなんとなく分類できるようになる。しかし、お前とは付き合えば付き合うほど、お前の底が見えない深い暗闇が俺の中で広がっていくように感じた。しかしお前は遠くを見ているわけでも、明るい表面の中に闇を持ったアンニュイな雰囲気があるわけでもない。どこにも分類できない、形容しがたいのだ。なんか変な薬でも塗ってんのかと思うくらい、他とは違う魅力的な空気を纏っているのだ。このようにお前の深淵はどこに繋がっているのか、俺はずっと気になっていたわけだが、最近それが判明した。それを今夜、お前に話してみようと思う。


お前は自分のことが好きだし、その自分と対話するのが好きなのだ。他人に自分の時間を邪魔されたくないのだ。ここで社会性という特質を限りなく0に近づければ、自分の世界に閉じこもり何かに没頭する一方で、世間からは隔絶され変わっている人として扱われる者、歴史に名を馳せた研究者がこれというわけである。一方で社会性という特質を100、いや120くらい入れてしまうと、お前のような人物が出来上がるわけだ。お前は他人に対し多少の興味はあると思っている、自分では。しかしその実、全くない。全くないけれど、お前は社会に溶け込んで生きていく能力があるから、サイコパスではないお前は、目の前で人が辛い思いをしていると可哀想という感情をもっている。しっかりと多数のコミュニティに属し人と関わってきたため、人の気持ちがわかるし、人気者の部類として受け入れられてきたから、他人を信頼することもできる。そのため、道徳心としての慈悲が備わっている。そして本来お前が没頭するはずの何かは、周りに協調する能力が高すぎるが故にどこかに流されていってしまった。いつの間にかもう一人の自分が輪郭を失った曖昧な物体となり、お前はこれを見失ってしまったのだ。大学生活を曖昧で浮遊したまま過ごした。サッカーに打ち込む友達、外銀に進む先輩、遊びまくり留年する同期、休学しビジネスを始める後輩。周りの刺激を受けるたびにぼやけていったもう一人のお前の輪郭をお前は見つけられなくなったから、これでいいのかと思いつつも、自分を納得させるための具体的な道筋が分からず、ただ日々を浪費していた。だってもう一人の自分というゴールが、お前の中でどこかへ行ってしまったのだから。そして結局、王道の大学生活を過ごし、京大から総合商社というルートに乗った。このような普通の勝ち組であることにお前は満たされなさを感じているかもしれない。でも、お前はそのこともまた自分をうまく売り込むために作り上げることができたと、お前の無意識に押し込まれた本当に本当に小さな隙間の部分で、思っているのではないか。お前はその実かなり尖っている。周りと同じようになりたくないとどこかで思っている。それは幼少期からサッカーで成功し、勉強で成功し、男として成功してきたプライドがあるからだ。そしてその普通と違うようにありたいと思う自分を、進路などではなく自分の性格に求めている。お前は本当にすぐに人の心をつかむことができるし、それを自分でとてもよく分かっている。でもその実浮遊したままであるお前の本質を、何かで満たしたいと意識上では思いつつも、もっとその奥底ではどこか掴みどころのない自分としてブランディングできることに満足している。だからきっと、お前はこの先、ぼんやりとしまま王道ルートを歩んでいく。何かを辛いと思うこともない、ただ世間が憧れる成功したものとしての人生を進めていく。だって無意識下でお前はそれに満足しているから。

お前は普通と外れたいと思っていることや、プライドが高いことを周りに見せないようにすることが本当にうまい。尖っている自分に満足し、そこにアイデンティティを全振りする、そのことが外に漏れでまくっている痛い人は若いうちは多いだろうが、お前はプライドに押しつぶされそうになりながらなんとか上位層にいこうと藻搔いているようにも、王道ルートから外れて周りの奴らよりも成功しようとしている風にも見えなかった。ただ自分相応なところに落ち着くだろうと、背伸びすることなく等身大でいるように見えていて、それがあらゆる人の好感を生み、結果成功してきたのだ。そのようにできる原因は、お前に負けん気がないからでも、切り替えがうまいからでもない。自分の人生を自分のブランディングに使っているからだ。自分を商品としているからだ。それも承認されたいから、社会生活を円滑にしたいから、モテたいからではない、お前はそれをゲームとして楽しんでいる。だってお前は自分が本当に好きだから。

つまり、明るく人気者のお前は時折固く閉ざしたこころの扉を垣間見せることで相手の興味を惹く。そしてその扉の奥は絶対に見せないからこそ、より一層近づいてきた人の興味を刺激する。しかし実際はその扉の奥は自分探しという反吐が出るほどありきたりなものであるが、本当は自分探しなどしておらず、している風にしているだけ、さらには他人に見せる必要もないため適当にアンニュイに見せるための心の闇を作っとけばいいし、器用なお前ならそれができるはずだが、たまーに勘のいい奴にちらっと見せるためだけにこれまでの経歴や大学生活、進路選択などを使って、闇でもなく遠くを見ているわけでもない、深淵にお前の本質が存在し、とても深くいい意味で掴むことができない人間という雰囲気を作り上げるために調理しているだけである。痛くならないようにするためのこの塩梅が非常にうまい。これで人々の興味を惹くことをゲーム感覚で楽しんでいて、他人の本質に心底興味などなく、他人は自分のブランディングが上手くいっているか試すすだけのCPに過ぎず、自分の方向にしか意識は向いていないのだ、お前は。

そしてこうして勝手に見当はずれな分析されることもわかっていて、お前は心の中で楽しんでいるのかもな。俺の完敗です。
お前は何も言わずに静かに笑っていた。

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