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DJクローンの90'sクロニクル 「90年代とはいったい何だったのか Vol.2-1991年」

90年代の10年をまるまる10代として過ごしたDJクローンが、その青春の10年を出来事と音楽で振り返る全10回のコラム。

Vol.2は1991年(平成3年)。

引き続きサッカーバカだったクローンなのだが、当時は相撲を見る事が毎日の楽しみであった。若貴ブームの到来である。

当時の相撲界にはスターが勢ぞろいだった。若貴はもちろん、女子人気NO1の寺尾に舞ノ海、モンスター小錦に絶対的横綱の千代の富士(同年引退する)。日本人力士の絶頂期だったのではないか。

京都の府立体育館(現島津アリーナ京都)に地方巡業に来た時に近くの銭湯から帰ってくるのを出待ちしてサイン攻めをした記憶がある。舞ノ海はとても腰が低く好青年だった。貴乃花(当時は高花田)には私、いとこ共々手で押しのけられた。サインくれって私が言っているところの写真が残っている。懐かしい。

また、土曜午後の楽しみといえば「吉本新喜劇」だった。1991年当時は土曜も午前中学校の授業があったのだw今ではそんなこと到底考えられないのだろうけど。

授業が終わって走って家に帰る。土曜はだいたいカレーかパスタだ。それを食べながら新喜劇を楽しむ。これが関西に住む小学生の土曜午後の楽しみ方だと疑わなかった。

さて、1991年に何があったのか振り返る(wiki先生より)

・湾岸戦争が始まるー1月

・ジュリアナ東京オープンー5月

・千代の富士の引退ー5月 

・信楽高原鉄道が衝突事故ー5月

・フレディ・マーキュリーが死去-11月

・Jリーグの発足!!

・ソ連の崩壊ー12月

あくまでも当時の記憶の断片にあるものをピックアップした。ブラウン管に映し出される戦争の映像に自分が生きているのと同じ世界とは到底信じがたかった。

信楽高原鉄道の事故は相当に覚えている。当時の報道ニュースで列車内の乗客(死んでる?)が普通に映っているのを見たから。今では絶対に流せない映像である。

千代の富士の引退時の言葉「体力の限界」という言葉を数年後にものまねネタに使ってしまった私は本当に性根が腐ってるなと思うw

そして、何より「Jリーグ発足」これには本当に期待した。それまで日本にはサッカーのプロがいなかったのだ。いわゆる会社のサッカー部としての位置づけに過ぎなかった日本サッカー界は大きく歴史が変わる。

さて、音楽関係はどうだったのだろう。

以下邦楽ヒット曲を列記しておく(J-POP SONGS Official Channelより)黒字は当時記憶に残っている曲

まずはダイジェストで聞いてみて

JUN SKY WALKERS「START」
工藤静香「ぼやぼやできない」                    川村かおり「翼をください」
CHAGE&ASUKA「太陽と埃の中で」「SAY YES」「僕はこの瞳で嘘をつく」
森口博子「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」
小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」
織田裕二「歌えなかったラヴ・ソング」
ZARD「Good-Bye My Loneliness」「もう探さない」
森高千里「この街」「八月の恋」
Mi-Ke「想い出の九十九里浜」「ブルーライトヨコスカ」
石川さゆり「ウイスキーが、お好きでしょ」
やまだかつてないWink「さよならだけどさよならじゃない」
ASKA「はじまりはいつも雨」
Wink「きっと熱いくちびる」
尾崎豊「I LOVE YOU」
スピッツ「ヒバリのこころ」
中森明菜「二人静」
B'z「LADY NAVIGATION」「ALONE」「Easy Come, Easy Go!」
LINDBERG「GRORYDAYS」「BELIEVE IN LOVE」「I MISS YOU」
吉川晃司「Virgin Moon」
渡辺美里「卒業」「夏が来た!」
小島未散「ジプシー」
西城秀樹「走れ正直者」
DREAMS COME TRUE「Eyes-to-me」
谷村有美「幸せ探して」「OH MY GOD!」
TUBE「湘南MyLove」「さよならイエスタデイ」
障子久美「あの頃のように」
プリンセスプリンセス「KISS」「SEVEN YEARS AFTER」
観月ありさ「伝説の少女」「エデンの都市」
小泉今日子「あなたに会えてよかった」
TMN「Love Train」
PINK SAPPHIRE「ハッピーの条件」
とんねるず「情けねえ」
矢沢永吉「ラスト・シーン」
槇原敬之「どんなときも」「冬がはじまるよ」             HIS「夜空の誓い」
サザンオールスターズ「ネオ・ブラボー!」
中山美穂「Rosa」「遠い街のどこかで」                大江千里「恰好悪い振られかた」
J-WARK「何も言えなくて 夏」
大事MANブラザーズバンド「それが大事」
米米CLUB「ひとすじになれない」
ユニコーン「ヒゲとボイン」
長渕剛「しゃぼん玉」
牧瀬里穂「Miracle Love」
ZOO「Choo Choo TRAIN」
今井美樹「PIECE OF MY WISH」
今井優子「LOVIN YOU」
楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」
前田亘輝 「Merry Christmas To You」
T-BOLAN「離したくはない」
荻野目洋子「ねえ」
森川美穂「POSITIVE」

名曲だらけ。何曲かピックアップしよう

ジュンスカはCMでしょっちゅう流れていたから耳に残っている。チャゲアスの「SAY YES」はドラマ101回目のプロポーズを見ていたし、「ぼくは死にましぇん」みんな言うてたからねw

スピッツはこの年にデビューしていた。「ヒバリのこころ」のCDはプレミア価格がつくほどレアになっている。

B’Zは本当に安定。LINDBARGは90sを駆け抜けたバンドとして秀逸。

当時尾崎の「I LOVE YOU」知らなかった。不覚。

西城秀樹の「走れ正直者」なんて当時の子供はみんな歌えたんじゃないかな。ちびまる子ちゃんの力は偉大だ。

さて、小田和正の反りすぎジャケット「ラブ・ストーリーは突然に」もすばらしいのだけど

ここでクローンセレクトは断トツでピロ子(森口博子)の「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」だ。

「劇場版ガンダム F91」で挿入歌として、またエンディング曲として採用されたこの曲はガンダムソングの中でも神曲として今なお語り告げられている。大人になってから聞いては毎回泣きそうになっているw

当時から歌唱力は断トツに高かった森口博子は年を重ねてより深みを増して心を動かす。アイドルであって私の中では歌姫の地位を揺るがさない。

ちょっとこれは聞いてほしい。ライブパフォーマンスが本当に素晴らしい。

この曲で堂々の初紅白を勝取り、小林幸子みたいな衣装で歌っている。

91年当時と2018年とで聞き比べていただきたい。

いつ聞いてもピロ子の歌声は美しい。生で聞けることはもう無理なのか。

さて、今回も出来事と音楽(邦楽)を中心に振り返った。

あなたにとって1991年はどんな年だったのだろう。

では、次回92年で。





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