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バックに2万字がついてる「好き」

 バーでアルバイトしていた時期がある。
 お酒に興味はないが、大学生は意識しないと同じような属性の人としかコミュニケーションをとらなくなるので、いろんな人としゃべりたいなと思って始めた。

 ある日、いつも通り夕方からシフトに入ってカウンターでグラスを拭いているとお客さんが入ってきた。
 雰囲気からして初めてきたっぽいなっていうのはすぐにわかった。椅子に座るなり、早口で「シンガポールスプリング下さい。ここのシンガポールスプリングがすごくおいしいって聞いて。僕凄く好きなので。」

 その時間はお客さんがその人しかいなかったので、「ちょっと変わった人だなー」と思いながら話を聞いていた。

 軽く話した後、自然な流れかなと思って質問してみた。「お酒好きなんですか?」
「はい!」とか「そうなんですよ〜」みたいなレスポンスがすぐに来ると思ったら、その人は少し黙った。4〜5秒の沈黙の後、小さいけれどはっきりした声で「好きです。」と言った。それに続けて「それが原因で離婚もしたくらいですから。」と言った。なんと言っていいのか分からなかったので「いいですよねー。お酒。」という何も言ってないみたいな返答をしてしまった。

 沈黙からのシンプルアンサーには僕にも身覚えがあった。例えば、「オードリー好きなんですか?」とか「さくらももこ好きなんですか」とか「宇多田ヒカル好きなの?」、「ラジオ好きなの?」「朝井リョウ知ってる?」「お笑い好きなの?」などなど。こういう質問に対してなんと答えていいかわからない。
 自分が好きすぎるもの、影響を受けすぎてるものについてのフランクな質問に対して、自分の熱量をどう伝えたらいいのか。例えばオードリー。若林さんと春日さん、それぞれのすきなところを本気で語ったら余裕で2時間はこえる。2万字の卒論も書ける。さくらももこも、宇多田ヒカルもそう。
 ただ、好きなものを存分に語れる機会は意外に少ない。まず、相手と自分の、対象に対する熱量に差がありすぎると難しい。共有している文脈が少ないと、話せることの幅も少なくなる。
 相手が自分自身に対して興味がないのも厳しい。「好きなものの、好きな理由」なんて、キング・オブ・主観だから主観の持ち主に興味がないと聞いていられないと思う。この2つの条件をクリアできた時にのみ、「好きなものを存分に語る」という行為はできる。贅沢品なのだ。

 バーの話に戻る。その人は僕のことを見て「こいつ酒のことあんまり知らないだろうなー」と思ったんだと思う。正解です。多分あなたの熱量を受け止められるグローブを持ってません。ただ、あなたの「好き」の後ろに卒論を書けるくらいの熱量がいることはちゃんと伝わりましたよ。

それにしてもnoteって不思議な場所だなと思う。みんなの主観をみんなで読んでるんだから。
noteは贅沢品。

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