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初めて自転車に乗れた!思い出の工場のグランド。

初めて自転車に乗れた時のこと、覚えていますか?

私はなかなか自転車に乗れませんでした。兄はずっと前に自転車に乗れるようになり、ひとりでどんどん遠くへ遊びに行ってしまうし、まわりの友達もちらほら自転車に乗れるようになり、あせりと、うまくいかない練習にいやになっていました。

そのころ練習は主に家の庭でやっていました。後ろを家族に支えてもらい、少しスピードがでたら手を放してもらう。よくある練習の仕方でトライしていましたが、なかなかうまくいきませんでした。

そんなある日、近所の工場の広いグランドで練習させてもらうことにしました。

その工場は、グランドを使用していない時には子供たちに開放してくれて、野球でもサッカーでも自転車でも、なんでも自由に使わせてくれました。近所のおじさんやおばさんたち、それこそ友達のご両親なども沢山働いていたというのもあるのかもしれません。

いずれにしろ、今では考えられないおおらかな時代でした。

遊んでいて、ちょっとしたけがをすれば絆創膏を貼ってくれたり、工場のおじさん、おばさん、おにいさん、おねえさんたちが声をかけてくれたりしたものです。

子どもたちがあまり集まっていない時間をねらって、そのグランドで自転車の練習をさせてもらっている時に、何かの拍子に突然、長くペダルを漕ぎ続けることが出来たのです。それからは何となくコツをつかみ、その日のうちにグランドを自由に走れるようになりました。

それからしばらくはうれしさのあまり、あちこち自転車で行ってみたくなりました。グランドを自由に使わせてくれた工場には感謝しかありません。

今、その工場のホームページの沿革を見てみると、1968年にこの地に埼玉工場ができたそうです。完成した時に工場の前で撮影された従業員の集合写真が掲載されていて、この写真の方々のやさしさで、私たちは元気に遊ばせてもらっていたのだなと思うと涙がでそうになります。

グーグルの地図とストリートビューで見ると今もそのグランドはありました。子供の頃お世話になった時には広大だと思っていたグランドも、今グーグルで大きさを測ってみると、縦 55m、横 30m くらいしかありませんでした。昔より狭くなってしまったのでしょうか?それとも私の思い込みなのでしょうか?いずれにしろ、思い出のグランドはまだしっかりと残っていました。

いまではグランドに直接入れた入口もフェンスで囲われてしまっているようでした。安全管理やセキュリティの問題もありますし、さすがに子供たちが自由に出入りできるようにはなっていないのかもしれません。

むかしは収穫の終わった田んぼや畑も遊び場でしたし、学校のグランドも放課後や休日は自由に遊び放題でした。この工場のグランドも大切な遊び場の一つでしたが、外での遊び場の選択肢はたくさんありました。

いまでは街中では、自由に野球やサッカーなどボール遊びができる広場をみつけることは難しいかも知れません。あの頃のように自由に使わせてもらえるグランドがあったら、今の子供たちは元気いっぱい体を動かして遊ぶのでしょうか?

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