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【遺跡探訪55】ガイドさんと巡るアンコールワット

11月半ば、日本から家族が来ました。ホーチミン在住時には父がアンコールワット 帰りにホーチミンに寄ってくれたこともあり、またプノンペン在住時にはプノンペンから両親と一緒にアンコールワットに行ったこともありました。

今回は完全にホームとして日本の家族を迎えられること、またカンボジアは初めてという弟夫婦も一緒だったことでとても楽しみにしていました。

また、長年(コロナ期から3年も!)私がオンライン・オフラインでクメール語を習っていた先生方が本業の国際観光ガイドとして案内してくれることもあって期待が膨らんでいました。


朝4時半に家を出る

朝4時起きして、家族が泊まっているホテルに行きました。
最初のプランでは、朝日を見てから一回シェムリアップに戻り、ホテルで朝食を食べた後再度北上してタプロムに行く、ということでした。直前にお会いした、長年こちらに住んでいる方にそれを話すと「ホテルで朝食パックしてくれるはず」とのことで、ホテルフロントで頼んでみたところあっさりOKでした。

5時にホテル出発。参加者5人でしたが、なんと旅行会社さんがミニバスを用意くださいました。ツアーってすごい。

「皆さま、アンコールワットは何回目ですか」
「初めてです」
「2回目です」
「3回目です」
「あ、12回目です…(私)」

家族はアンコールパスを持っていなかったので、先にチケットセンターに向かいます。

朝5時台というのに、お客さんで溢れています。そしてこの広告モニターがまぶしいです…

5:45 am アンコールワット到着

さて、西参道ギリギリのところで車から下ろしてもらい、正面から向かいます。自転車のみ正面まで行けるそうですが、朝日の時間帯のみ、バイクも見逃してくれるらしいです(大きな声では言えませんが)
クメール語で「タウムールトゥガイレアッទៅមើលថ្ងៃរះ」(朝日見に行きます)覚えておくといいかもしれないですね。

2週間前に行ったばかりですが、毎回表情が違います。アンコールワットの朝日を見ると10年寿命が伸びるそうなので、もう20年伸びましたw

足元はライトで照らさないと暗いです

11月の太陽は右から

春分(3月)と秋分(9月)はアンコールワットの中央塔の真上に太陽が昇ります。今は秋分から春分の間なので、アンコールワットの右から昇りました。

6月に行った時は、かなり左から昇っていましたね。

中央の門です。とても美しい。
有名写真スポットは、足元の芝生が擦り切れて土が出ていました。
やはりこのアングルいいですね、後から見ると。
ラーマーヤナの一場面。 ラーマに矢を放たれて死にゆくバリンと看病する妻。


気になっていたレリーフの穴

レリーフに時々穴が空いていたのは気になっていました。これは、レリーフの解説(王の名前など)がクメール文字で書かれていたようです。

この穴は、文字が書いてある場所だったようです

貴重なもので、かなりの部分は盗難されてしまい、残っているものがほとんど無いとのことでした。

残っている箇所もあります。多くの人が触ったので色が変わっています。

このクメール文字の変遷の展示がアンコール国立博物館にあり、クメール語を習っている人にとっては、現代文字とアンコール時代の文字が繋がる、非常に興味深いものです。

ここも文字がありました
黒くツヤツヤしている部分は、アンコールワットが世界遺産に登録される前に、自由に人々がレリーフに触れたので手の届く場所はこうなってしまったそうてます。

木製の天井

アンコールワットが石材で出来ているのに対して、天井は元々木製だったようです。仏領時代にまずセメントで一部天井を修復し、後から一部、元の材料での修復を試みたとのことです。

たまたま、クメール建築のFBグループに資料がアップロードされていました。

第三回廊への階段

補助階段が設置する前までは、仏領時代に作られたこの細い手すりのみで上部まで登っていたそうです。

20年前に来たという友人も、昔は木製階段は無かったなあと言っていました。
この正面の第三回廊への階段は、国王だけが昇り降りできたそうです。800年前には王だけが見ることができた景色です。

戻る頃にはちょっと汗ばんで来ました、と言ってもこの日から涼しくなり、最低気温は20度でした。
遺跡巡りに最高の季節がやってきます。

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