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あの日の「しもつかれ」

小学校の給食が好きだった。いつも残さず食べたし、なんなら好きなメニューの日は男子に混ざってお代わりもしていたくらい。

人気メニューの日はとりわけお代わり倍率も高い。そんな日は給食当番の子にちょっと言って、気持ち多めに盛り付けてもらうのがポイントだったりする。

「わたしこんなに食べられないから〜」とか言って好きな男子にお裾分けできる女子…ではなかった。給食は戦いだ。お代わりのために早く食べるか、効率よく盛ってもらうか。ある意味体力勝負で、ある意味頭脳戦だった。
あの頃から態度のデカさと食い意地だけは人一倍あったと思う。


そんな給食ライフのなかで、年に1日だけ、明らかに残飯率がめちゃくちゃ高い日があった。それは郷土料理の「しもつかれ」が登場する日。酒かすや野菜、魚、穀物が入った栄養価が高い栃木の郷土食。今となっては食育の一環だと理解できるけど、あの当時はそのビジュアルと独特の香り、風味から「ゲロっぽい」と不評だった。

たぶんその日は相当おなかが空いていたんだろう。みんながしもつかれを前にしかめっ面をしているのをよそに、ひと口、またひと口頬張る。

「これ、意外といけるじゃん。」

ペロッと平らげた私は、お椀を持って前に進み出る。そして大量に残ったしもつかれのでかい容器の前に立ち、お代わりぶんをよそう。

クラスメイトが私を見つめる。「あいつ、行ったぞ」「おい、まじかよ」って。ちょっと得意気に、でも颯爽としもつかれのお椀を片手に席に戻り、またモグモグはじめる。羨望の眼差しを浴びながら頬張るわたし。悪くない。この瞬間だけ、わたしは勇者になった。

と、いうことを家で自慢気に話したらあっという間に母からおばあちゃんに伝わり、ある日大量のしもつかれが我が家に届いた。どうやらわたしの「しもつかれ武勇伝」は親戚中に届き、おばあちゃんの妹がわたしのためにつくってくれたらしい。ありがたかったけど、あの日ほどモグモグ食べ進められなかったし、さすがに完食もできなかった。それ以来、しもつかれとはご無沙汰している。

*  *  *

あれから約20年が経った。
先週、郷土料理を現代風にアレンジするレシピコンテストの取材をした。
全国から集まった決勝戦、控え室で15チームぶん、全部試食をした。ひとことで言えば、全部美味しかった。

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ただし。

B級グルメならいけても郷土料理はしもつかれしか知らないわたしは、試食をしたところでベースの味がわからなかった。だからそれ以上の感想がでてこない。どれもたしかに美味しいんだけど、肝心な郷土料理とアレンジレシピとの差分がわからない。

受賞者にインタビューしても切り込んだ質問ができなかった。圧倒的な、ただの勉強不足。ニコニコしながら試食の感想を述べつつ、内心は相手に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

受賞者たちは、「郷土料理はハレの日のメニューだから」と言う。「でも、伝えていくためにはもっと身近に感じることが必要だ」と。だから、スーパーで買える食材に絞ってレシピ開発をしたという人もいた。

優勝したのはフレンチ風にアレンジした「え、これがあの郷土料理?!」と思うレシピだった。本当にコース料理に出てきそう。びっくりするほど上品な味だった。

コンテストだから、順位は大事だ。だけど、参加した15チーム全てから、地元が大好きで、そして郷土料理愛みたいなのを感じた。

きっとこのコンテストに向けて、たくさん自分の地元の郷土料理を調べたに違いない。調べて食べてを繰り返すうちに、きっともっと郷土料理が好きになったんだろうな。その気持ちを煮詰めて煮詰めて、濃くなって形になったものがこの日集まったレシピなんだろう。とにかく、お皿に乗りきらないほどの好きが溢れていた。

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小学生のあの日、わたしは勇者だったかもしれない。でも今はビリだ。そもそも同じ土俵にすら上がれていない。これじゃ原稿が書けない。まずい。まったく筆が進まない。やばい。

で。

せめてもの罪滅ぼし的なものもあって、あの「しもつかれ」をもう一度食べてみることにした。Amazonじゃ売ってなくて、母にLINEして地元のスーパーで買って送ってもらう。ひょっとしたら、今なら美味しく感じられるかもしれないと淡い期待を込めて。


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数日後、しもつかれが届いた。あの、酒粕や魚の生臭さがある独特の香り。小刻みになった具材。小学生の頃の記憶が蘇る。

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箸の先にちょっとだけのせて食べてみる。想像以上にツンとした味でびっくりして、「ゲロっぽい」と表現していたことを思い出す。ん、でも待てよ。

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んー、やっぱりそうだ。

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これ、酒粕がたくさん入った、冷たい味噌汁の味だ。


「ゲロっぽい」を「酒粕たっぷりの冷たい味噌汁」に上書き変換したら、普通に食べられた。器に盛ったぶんを完食し、2杯目に突入。狙ったわけじゃないが、20年ぶりのおかわりをした。

これをアレンジするとしたら、どうするだろう。

やっぱりあれか。

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しもつかれに味噌を追加、水を入れてレンチンしたら、まあ不思議。あら汁みたいな味の味噌汁になった。これなら毎日いけるじゃん。

思えばコンテスト当日のレシピも、馴染みのあるメニューと合わせたレシピが多かった。こんな感じでアレンジレシピも生まれたのかもしれない。

自分の勉強不足でうまくインタビューできなかったくせに、今さら気づいたところでただの自己満足以外の何物でもない。ただ、ようやくコンテストの日から少しだけ前進した気がする。受賞者の言葉が今さらじわじわ沁みてきた。郷土料理って、こうして伝わっていくんだろうか。

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20年越しに、勇者になれた日のちょっと背伸びした自分に会えた気がした。


来年はこっそり「しもつかれ」を使ったレシピで応募しているかもしれない。



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