俺の月(温泉にて)

チビの月子はかわいいので、あまり警戒されたくはないが、俺はなんとなく警戒されているのがわかってしまう。どうせ、厳つい見た目に筋肉強めの俺の体格が恐ろしいんだろう。
風呂に入る時は決まって悠真がソワソワするし、優斗は丸裸で身体を乾かすのをやめた。
俺もさすがに女との旅路、少し気を使う事にして、風呂の時間は月子に少し仕事をくれてやることにした。
「今日の晩飯のおかずをとってきてはくれないか」
いくらか図々しいお願いになってしまっただろうか、なんだか自分たちの風呂を隠すためとか月子も気まずい思いをさせないようにとか色々考えた挙句こんな風になってしまった。
「いや、やはり全員で」
言いかけたが早いか月子がもう、いない。
どうしたものか、月子という女はいまいちわからない。
「おい、龍も入れ。月子が教えてくれた温泉が見えた」
「あっついぞ!」
優斗が既に裸で、悠真は手だけ入れていた。
「ああ、今行くが…...はあ。月子に変なことを言ってしまった」
愚痴ると長々なりそうだ。月子はどうも島のことはよく知って居そうだが、俺らが来た大陸のことをよく知らないとみた。
村から来たと言っていたし村がこの辺にあるなら我々も村で小銭を貯めて出発できるかもしれない。だが、彼女は俺をあまり好いていないんじゃないだろうか。この目とこの肌、この髪で目立つことはよくあった。しかし、ここまで警戒されるとなんだかな。必ず木の上に居るんだ。
「どうすれば仲良くなれるだろう」
「龍は考えすぎだろ。月子は飯の在りかや温泉まで教えてくれる道案内人だ。最後に金でも渡せればいいんだが」
優斗は肩まで温泉に浸かって目を細めた。
「でもなあ、女にしちゃあ、少し服がボロボロだな!俺が買ってやりたいよ」
悠真が温泉の深い場所で泳ぐ真似をしながらそんなことを言う。
確かに浴衣はもう何年越しという感じで髪もナイフで切っているのか散切りだ。
「せめて美味い飯でも食わせるしか、俺にはできないが...…、その前に旅の目的をわかってもらわないとだめだな。うまく説明できる気がしない。優斗に任せていいか?」
「ああ、俺の方がいいかもなあ。龍は口下手だし悠真は女に免疫がない」
「なんだよ、優斗だってないだろう」
「いや、まあ」
あるのか......。
心の中で舌打ちをしていると、湯船に浸かった身体が温かく、夜空を見上げれば月が弓のようにしなっている。草陰から猿が出て、温泉にいつもの顔で浸かって来た。
「捉えて食おうか」悠真がにじりよる。
「このままじゃベジタリアンだぜ」優斗もその気だ。
「猿はやめておけ。それくらいならカエルだ」
俺は、猿を捌く気にはなれなかった。
しかし、その猿に次いで木の上から飛び降りたのは、月子でも親猿でもなく、見知らぬ男だった。
丸裸の俺らは瞬時に目配せをした。
歳の頃合いは月子とちょうどくらいか。
それにしても月子に似ているような気がする。
「お前、月子の兄弟か?」
優斗が先に訊くが、その男は腕を組んでうーんと唸るだけだった。
「外のもんか?ツキコっちゅうのは知らんね。わしらの島になんか用かね」
「あんたとよく似た女の子が、温泉教えてくれたんだよ!」
悠真が慌てて服を着るなり言い訳をするも、
腰に刀は差してないが浴衣の帯にナイフくらいは持っていそうなその男は悠然とした態度でため息をひとつ吐いた。
「どうしようもないアホの事言っとんのか。あいつ死んでなかったんやなー。外もんなら外にでも連れてってくれんか。島は裕福じゃからたまーにあんたらみたいなのが来たりするとはきいとった。べっつに飯食えんよか確かに良いかもしれんね。村さ来てくれても良かってんけど、あいつ付きじゃあね、追い返されるのがオチじゃ。俺は見なかったことにするから、はよ島から出てくれや。あいつ連れてってくれたらちょうどい。これ、村長がそこの茶色に渡せって」
放り投げられた麻袋は、やけに重く、腰巻きをするも忘れて呆然とした。こりゃ、金の音が今したような。
「なぜだ?」
「ちっ。あんた、自分の出自も知らんやろお。そこら辺じゅうで村のもんがお前らーを見張っとったわけでもないんじゃー。ただこの島の始まりの口で交通料払いよったやろ。あのデブはな、伝達しといたとよ。村人にじゃー。それで村長が言いなさる。《若い俺の血潮が芽吹いてるなら一体何か成し遂げてくれようぞ》とよ。俺は伝言と、いもじゃーを少しばかり会いたかったんやけどねえ」
「へっ?龍の親父かなんかなの、その村長って」
悠真の髪が月明かりに照らされて黒光りしていた。多分この金の重さは酒も買えるほどの重さである。
「よう聞け、龍とかいうの。その金は村長からの軍資金じゃ。これから何かするようなら聞いておく。何がしたい?」
俺は即答した。
「飯屋をやる」
優斗と悠真と、それから...…
「釣ってきたで!カミダイはな、この時期大漁じゃー!」
月子との縁とは、なんなのかを考えねばならなさそうだった。

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