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パパ、元気にしてますか?

今日はパパの日です。本当のことを言うと、命日。あまりにも悲しい響きだけれど、覚えてなくてはいけない日なので、"もうひとつのパパの日"、と勝手に呼んでいる。

もう14年も前。

何年か前の今日の日に、パパのことを思って文を書いたら、お兄ちゃんから「親父、元気にしてるかなぁ」と、

そして、よく家に泊まりに来てくれて、パパも大好きだった、ナナシノユキサンの友人も「わたしもぱぱさんはかみさまだとおもう。。あんなに気品と威厳とチャーミングさをかねそろえて美しくて、ゆきにそそぐ目は愛にあふれてて」とコメントをくれた。これが、もう、ナナシノユキサンの中のパパそのもので、思い出す度にパパの愛に包まれる。

(ここで、神様の生まれ変わりのようだった父のこと、書いています。)


お別れした日に、この悲しみはずっと癒えないで、このまま悲しいままずっと持っていたい、と思ったのだけど、今でも、時々パパのことを思っては、ドッと泣いたりしていて、ちゃんと持ち続けられているのが嬉しくて、今日は、泣きながら、少しパパの最期のことを。


闘病期間は2週間。お正月を珍しく家族(兄を除き)で小田原で過ごし、帰ってきて数日、今年も一年が始まるか、と言う頃に「ちょっと検査入院してきます」と入院してからたった2週間で亡くなりました。

検査入院後、癌ということが分かり、一週間後、癌センターに転院。念のため、アメリカから、何年も帰ってきていない兄も呼び寄せ、さぁ、これから闘病に看病に、大変な日々が始まるわよ!(母)という感じでした。

実際には、看病生活というものがどんなものか、誰も実感なく、グルメの兄が、「いいねぇ~、築地が近くて」なんて久々の日本食にウキウキし、ナナシノユキサンは、何年も離れていたお兄ちゃんが一緒にいるので、ウキウキして、こんな事態だとういうのに、久しぶりに家族がそろって、なんだかみんなウキウキしていました。

パパは急激に痩せて立派な病人のようになりました。ある日、おもむろに携帯に手を伸ばして「すみません。明日のゴルフですけど、ちょっと元気になってからにします」と電話していたのにはみんなで笑ってしまいました。え、行くつもりだったの?約束してたの?と。だって、その次の日に亡くなってしまったから。後にもこの話は笑い話です。

医師だったので、自分の体のことはよくわかっていたと思います。本当に最期を迎える時まで、朦朧とする、なんて時間はあまりなかったように記憶しているけど「パパ、こんなに早く逝くとは思わなかったなぁ」と自分で言ってました。これはたぶん亡くなる3日前ぐらい。その日から、本当にこんなに早く逝っちゃうなんて、ナナシノユキサンは、もっと思わなかった。

24日の未明に亡くなりました。日が明けて、バイト先に事情を説明して、休みます、の連絡をした時に、こんなこと初めてなので、ずる休みだと思われないといいけど、と不安に思ったのを覚えてます。

亡くなった時、ナナシノユキサンは、びっくりするほどたくさん泣いた記憶があります。末っ子だったので、思う存分泣かせてもらえたような気がします。なんか兄が母を守ってくれて安心して大いに甘えて、泣かせてもらったような気がします。

ドラマなんか見ていて、本当にその場になったら、人は泣けないんだろうな。と思っていたし、そんな言葉もよく聞いていたので、後から冷静に思い出して驚きました。普段のナナシノユキサンは、超がつく自意識過剰で、大好きなアーティストのコンサートでさえ、腕を肩より上に挙げてノルということさえできないほどですから、特にです。それが、あまり会わない親戚や、看護婦さんや、色々な人がいる前で、たぶん出る限りの声で「やだぁーーーー」ってずっと泣いていた気がします。

パパのお葬式には、本当にたくさんの人が駆けつけて下さり、クリスマスのおミサでもあるのか、と思うほど、大きな教会がいっぱいになって、立っている人までいたほどでした。パパの同僚も、肩を震わせて涙が次から次へと溢れ出してくる、というような方が多くて、本当にパパのことをちゃんと好きだった人ばっかり、こんなにたくさん来てくれた、と娘のナナシノユキサンはとても誇らしい気持ちでした。誰から聞いたのか、ナナシノユキサンの友人も、たくさん駆けつけてくれました。

パパが亡くなったのは、こんなに悲しいことがあるものかと思うほど、ひたすら悲しかったけれど、お葬式では、パパのことがとても誇らしかった。


もう、パパにメールをしてみても、戻ってきちゃうのが悲しいし、どこでどうやって見守っていてくれるかわからないけど、パパ、幸せで元気にしてるかな。ママのこと、一番に守っててくれるかな。

おもちくんにも会って欲しかったな。友達に「ユキのパパに似てる!」と言われたパートナーにも会って欲しかった。


そうそう、パパが亡くなって数日後のできごとで、ひとつ後悔したことがあります。ナナシノユキサンはパパの部屋のパパのベッドで寝ていました(今思えば、ママにどうぞ、と譲るべきだった)。夜中にパパの部屋のテレビのザァーっという音で、ママが来て「テレビつけっぱなしよ」と起こされました。テレビなんてつけていない。次の日の朝も、「もー、テレビつけたまま寝たの?」とお兄ちゃんに起こされました。また。テレビなんてつけてない!2回とも、なんだこれ、とさっさと消してしまった。でも、あればきっとパパだった。消さないで、話しかけてみたら、パパの声が聞けたかな、なにか伝えてくれることあったかな、と、今でも後悔している。おばけでも幽霊でもいいから会いたかった。

そういえば、小さいころ、幽霊を怖がっているナナシノユキサンに、「霊は、ユキの味方で、守ってくれてるんだよ。優しいの。」と言ってたな、パパ。



元気でいてね、パパ。

以上、ナナシノユキサンでした。

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