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最近読んだ本/3月2日~3月23日

・島田荘司『奇想、天を動かす』(光文社文庫)

タイトルの時点で勝利が確定している。

イマジネーション豊かな大胆なトリックと繊細な社会派的ドラマの高密度な融合。人の思いこそが「奇想」と呼ぶしかない大トリックに結実し、「奇跡」を生むのだ。そんな著者の願いを感じた。名作。

・真野森作『ルポ プーチンの戦争 ──「皇帝」はなぜウクライナを狙ったのか』(筑摩選書)

毎日新聞モスクワ特派員の記者が2014年のウクライナ危機を現地取材したルポルタージュ。クリミア併合からドネツク・ルガンスク両人民共和国というふたつの未承認国家が”建国”されるまでの流れがよくわかる。

昨今のロシアによるウクライナ侵攻が2014年――なんなら、それ以前から地続きであることを実感する。戦争はずっと遂行されていたのだ。

・黒川祐次『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』(中公新書)

いわゆる通史。中公新書の「物語 ○○の歴史」シリーズは地域から国家まで手広くおさえており感心する。

ヨーロッパ最大の穀倉地帯かつロシアとヨーロッパ列強国家の狭間に位置するがゆえに昔から苦労が多い。穀倉地帯なのにソ連(というかスターリン)の強制移住計画により発生した大飢饉がひどすぎて絶句した。

2002年刊行の本のため現代史については手薄なので注意。

・アガサ・クリスティー『ナイルに死す』(クリスティー文庫)

映画『ナイル殺人事件』を観に行くために再読。なお、『ナイルに死す』と『ナイル殺人事件』はタイトルは異なるが、これは翻訳のニュアンスによるもので基本的な内容はおなじ(もちろん、映画的な脚色は存在する)。

ちなみに原題は原作小説、映画ともに「Death on the Nile」。まあおおかた、「~殺人事件ってつけたほうがわかりやすくね?」という日本の配給会社の配慮ってやつでしょう。気持ちはわからんでもない。『ナイルに死す』のほうが5000倍好きだけど。

さて、クリスティーには大まかにふたつのタイプの作品がある。ひとつは、いちど読んだら絶対に忘れない大トリックで魅せるタイプの作品(『オリエント急行の殺人』『アクロイド殺し』『そして、誰もいなくなった』など)。そしてもうひとつは、登場人物たちが織りなすドラマ――だいたい愛憎劇に伏線、ミスリード、ダブルミーニングを散りばめた叙述で魅せるタイプの作品(『ナイルに死す』、『白昼の悪魔』、『五匹の子豚』など)。

後者のタイプの作品のほうが映像化向きである。なお、『ナイル殺人事件』は2017年の映画版『オリエント急行の殺人』の続編にあたるのだが、やっぱりオリエントよりナイルのほうが出来がよい。

映画の話ばかりしてしまったが、原作小説も映画もどちらもおもしろかった。映画は小説に登場する複数のキャラクターの要素をひとりのキャラクターに集約するなど、原作の持ち味を生かしたままでなんとか2時間に再構成しようとしているし、それには一定程度の成功をおさめていたように思えた。

メイントリックのかなり大事な要素をオミットするか、情報不足といわざるをえない形でしか描写していないことで、犯行がかなり偶然性に頼る結果になってしまってはいるが、まあ映像ではあれは描きづらいよなとちょっと同情した。

・ギャビン・ライアル『深夜プラス1』(ハヤカワ文庫NV)

酔っ払いが出てくるハードボイルド小説は100%おもしろい。

・高村薫『照柿 上』『照柿 下』(新潮文庫)

真夏が舞台なのだが、あのうだるような夏の暑さと刺すような日差しをまざまざと”体感”させるのは文芸的魔術のなせる技だなと思う。重厚で決して読みやすいとはいえないが、妙に圧倒される小説だ。まあでも、疲れた。

・ スティーグ・ラーソン『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上』『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

『ミレニアム』三部作の第1作。といっても、これだけで文庫2冊ぶんあり、テーマとなる事件は決着を見る。

2005年刊行の作品だが、1巻の原題が「女たちを憎む男たち」であるとおり、かなり正面からミソジニー(女性嫌悪)を描いている。そういう意味で先駆的というか、現代的な問題意識を持った作品といえる。

とまあ、硬いことを書いたけど、「40年前の大富豪一族の娘の失踪事件を休職中のジャーナリストとタトゥーとピアスだらけの天才ハッカーの女性
が追いかける」というサービス精神の鬼のようなプロットが楽しめる文句なしのエンターテイメント作品である。

以上、いろいろ読んだ。もっと読みたい。読む。

あとトム・クルーズ主演の映画『ナイト&デイ』をネットフリックスで見た。トムがトムしてる映画だった。

(終わり)

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