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沈黙と花言葉

※前半……物語
 後半……コンテストの結果発表を受けての、自分の気持ちの記録



海の見える小さな町は、僕たちの世界だった。
これは、ただただ幸せでいられた「あの日」までと、それからの話。


君と最初に出会ったのは海だった。
幼かった僕たちはすぐに意気投合して、日が暮れるまで一緒に遊んだ。
次の日も、そのまた次の日も。特に約束しなくても、僕が海へ行くとだいたい君もいる。
ウミネコの鳴き声を真似てみたり、消波ブロックの上を歩いているところを大人に見つかって一緒に叱られたり。
僕と君は、気付くといつも一緒にいた。どちらからともなく近づいて、同じものに目や心を奪われ、自然と歩調も合った。

「これいいね」
「うん、いいね」

そうやって僕らは、よく響き合う。
浜辺で拾ったラベンダー色のシーグラスは、僕らの宝ものになった。

君は花が好きだった。
季節ごとにさまざまな花が咲くこの町を風のように駆けめぐり、心惹かれるものに出会うたび、君は目を輝かせてシャッターを切った。
いつか海を越えて、世界中を旅してまわるんだと。世界中の花を写真に収めて、その素晴らしさをみんなに伝えるんだとよく夢を語っていた。
僕はそんな君の話を聞くのが好きだった。

君の見ている世界が好きだ。
君の写真や君の話からは、君がこの世界を愛していることが伝わってくる。
そんな君だから、いつかきっと世界に愛される人物になるのだろうな。僕はそう信じていた。

僕と君の、どこにでもある関係。ありふれた物語。
この町で僕たちは、大人になっていくのだと思っていた。



「戦争が始まりました」

どこか現実味のない言葉を布団で遮りながら、高校生になった僕は二度寝する。
パンの焼ける匂いと母さんの声で再び目を覚ますと、ぼやけた頭にはっきりと響くニュースキャスターの声。

「戦争が始まりました」

夢ではないらしい。
海の向こう側の国同士で、戦争が始まったのだ。
それまで遠い過去の出来事のように思っていた戦争は、あの日、僕らの未来に立ちはだかった。


“どう思う?”

戦争のニュースが日常を掻き乱していくにつれ、人々は探り合いを始めた。
何が好き、誰がきらい、何を支持して、誰を排除する。
人と違う、自分と違う、それらを理由に対立や差別、ささいな争いが始まった。
居場所を守るため、大切なものを守るため、奪い合いが始まった。

戦争は、今まで見えなかった部分を浮き彫りにしていく。
あちこちで不和が生じて、家族を、友だちを、恋人たちを引き裂いた。
みんな、戦争が起きなければ今でも一緒にいられたのだろうか。それとも、いつかはこうなる運命だったのだろうか。

学校も、今までとは違う異様な空気で満ちていた。さまざまな意見が飛び交う日常に目眩がする。
いっそ、目と耳と口を塞いでしまいたい。僕はたまらず、教室を抜け出した。

汐の香りだけを頼りにたどる帰り道、僕は海を目指した。
浜辺に先客だろうか。目を凝らす。
ラベンダー色の夕陽の中に君がいた。僕はなんだか急にほっとして、君の隣で呼吸をととのえる。

僕たちはお互い何も言わず、ただ並んで海を見つめていた。海はとても穏やかなリズムで波打っていて、いまこの瞬間にも戦争が起きているだなんて信じられないほど。

シーグラスや消波ブロック、幼い頃にここで過ごした記憶を思い出していた。
君も、同じことを思い出しているのだろうか。心地良い沈黙が流れる。こんな時間がずっと続けばいいのに……。


「あなたはどう思う?」

沈黙を破る君の声。
僕の心臓はたちまち緊張感で跳ねた。
何か、何か言わなければと焦れば焦るほど、喉がきつく締まっていく。

君に、嫌われたくない。
君を、傷つけたくない。
それがかえって僕らの距離を遠ざけていくのだとしても。

「僕は、誰ともたたかいたくない……」

何が正しくて、正しくないのか僕には分からなかった。焦って決めてしまいたくなかった。何もかもあいまいなまま、許されていたかった。
あまりに小さな僕の声。君は聞こえたのか、聞こえなかったのか、苦い沈黙だけが残った。

ラベンダー色が暮れていく。空と海はどこまでも平行で。でも境界はあいまいで。
あんなふうに世界も、僕らも、平行なまま混ざり合えたらいいのに。



「あなたはどう思う?」

家、学校、インターネット。どこへ行っても、その問いから逃れられることはなかった。
僕は、自分が空っぽな人間であることが露呈するのが怖くて口をつぐんだ。次第に誰も僕に意見を求めなくなっていった。

それでも君だけは、何度もまっすぐ僕に問うた。
君はぶつかり合うことを望み、僕はぶつかり合うことを拒んだ。
僕らの隔たりは少しずつ、大きくなっていった。

そしてあの日、ついに隔たりは取り返しがつかないほどに膨れて、僕らは離ればなれになってしまうのだ。

「あなたは、どう思う?」

君の目はまるで、これが最後と確認するかのように真剣だった。
胸元には、ラベンダー色のシーグラスが揺れている。

「あなたは、どうする?」

それが最後の言葉。
僕に、君を引き止める強さはなかった。


戦地へ赴く君を見送る朝。
遮断機の赤が、けたたましく点滅していた。
もう二度と会えないかもしれないという予感で、僕の心臓も警報のように鳴っている。それを振り払うように、港へ走った。

君をのせた船が遠ざかる。
喉まで出かかった言葉。臆病な僕は、最後までそれを君に渡せないままだった。言葉の代わりに、涙があふれた。
僕は泣くことしかできなかった。
ただただ、泣くことしかできなかった。



君がいなくなってどれくらい経っただろう。僕は「大人」になっていた。

「行ってきます」
あの日の君のまっすぐな目が、今も脳裏にこびりついて離れない。
君の目に、僕はどう映っていたのかなぁ。

毎日、目に耳に飛び込んでくる戦地のニュース。不確かな情報。それをめぐって起こる人々の対立。分断。
僕はそれらをじっと見つめた。黙ってただじっと見つめた。
知らなきゃいけない。目を逸らしてはいけない。さまざまな意見に耳を傾けなければいけない。自分の意見を持たなければいけない。
すべてを受け入れようとして、受け止めきれなくて、何度も吐いた。

世界のすべてを受け止められなかった。
君のすべてを受け止められなかった。
向き合うことから逃げてしまった。
君の隣に、僕の居場所はない。

君の夢だった。
君が選んだのなら、きっとそれは何より正しい。
君を信じたい気持ちと、君を失う怖さ。
君への気持ちを失う寂しさ。
分断は、対立は、僕自身の中でも起こった。

もっと話し合えていたなら、何か違っていたのだろうか。君がいなくなってから、こんなにも伝えたいことがあったのだと気づく。

“こんなことになるなら”

言葉になれなかった思いの、成れの果て。それを海に向かって吐き捨てた。
消波ブロックの隙間に飲み込まれて、波に揉まれて、跡形もなく消えてしまえ。消えてしまえ。


僕は何もかもどうでもよくなっていた。
生きる意味もわからないまま、ただ惰性で生きのびていた。
こうしている間にも、海の向こうでは戦争が起こっているというのに。毎日たくさんの命が奪われる場所、そこに君もいるのに。 

同じ町で生まれ育った、同い年の僕と君。
歩くリズムだって、見ている景色だって、僕たちはよく似ていると思っていたんだ。
でも、いつからこんなに差ができてしまったのだろう。
あの日、海の向こうへ旅立った君はとても大きく立派に見えた。
僕は、君みたいにはなれなかった。

「戦争さえ起きなければ」

あの日の自分の弱さを、何かのせいにしたかった。
言い訳をこめて蹴飛ばした空き缶は、反撃するように翻る。誰かの飲み残しで靴が汚れた。それを公園の水道水で洗い流しているうちに、僕はおかしくなって笑いながら泣いていた。

何をしているんだろうなぁ、僕は。
言い訳ばかり、逃げてばかり。
こんな大人になりたくなかった。
大人になんてなりたくなかった。
違う、せめて君と大人になりたかったんだ。

潔白でいたかった。
潔癖なだけだった。
あの日からずっと、僕は僕を許せないまま。世界に取り残されている。


色褪せた写真
止まった秒針
閉め切ったカーテン
埃をかぶったギター
枯れたままの植木鉢……
ぱさぱさのパンを薄い紅茶で流し込む。
味気ない、君のいない日々。そんな生活にも、次第に慣れていった。

君は、今も生きているのだろうか。それを知る術すらないのは、もどかしくもあり、幸いでもあった。
もしもこの戦争で君を失ったとしても。それでも僕はまだ、たたかわずにいられるのか。



ああ、やけに、空が、明るいな。
流星雨のごとくミサイル流るる。ついに、この町にも来たのか。
あれが全部、花の種だったなら。世界は火の手じゃなく、やさしさで包まれるのに。
爆風を背に、僕は君のことを思い出していた。花が好きな君のことを。

「君に会いたい」
この期に及んでそんなことを考えてしまう自分に驚いていた。

まだ、生きていたいのか僕は。
まだ、生きていたいのだ僕は。
その願いを奪う権利なんて、誰にもないはずなのに。戦争なんて。戦争なんて。


僕は泣きながら目を覚ました。
流星雨のようなミサイル、あれは夢だったのか。
つけっぱなしのテレビからは、相変わらず戦争のニュースが流れている。
何が夢で何が現実なのか。どこから夢でどこまで現実なのか。もう分からなくなってしまった。
わるいこと全部、夢だったならよかったのに。
スイッチひとつで、なかったことにできたらいいのに。

テレビを消そうとしたそのとき。
君の名前が聞こえた。
僕の心を一瞬でつかまえる、名前。

そこに映っていたのは、一面の紫色の花。
それは、まるであの日の夕焼けのようだった。
“戦場に咲いた「奇跡の花」”という見出しのニュースを、僕は食い入るように見る。

花なんて植えても育たないと言われた土地で君は種を蒔き、それを大切に守り、育て、ついに花を咲かせたらしい。
さらに、その花の精油から作った薬剤は、負傷兵たちの治療に貢献しているという。
また、花の香りは不安と恐怖の日々にいる人々の精神に、一時の安らぎをもたらした。
君はそんな花を惜しみなく、分け隔てなく人々へ与えた。

最初は君の行動を怪訝に思っていた人々も、その熱心な姿に次第に心を動かされ、少しずつ協力者も増えていったという。
意味がないと笑われ、偽善だと罵られても、それでも君はあきらめなかった。
自分の信じたことを、信じ抜いたのだ。それがどんなに尊く、むずかしいことか。
そんな君に、劣等感すら抱く隙もない。

君と世界の間には、はじめから隔たりなんてなかったのだ。
画面の向こう、君の胸元にラベンダー色のシーグラスが揺れている。まっすぐな眼差しが、あの日のように問いかける。

“あなたは、どうする?”

今度はそらさずに見つめた。初めてちゃんと、君と向き合えた気がした。

心の奥底から、ふつふつと込み上げてくる感情。
今からでも遅くないかな、なんて考えている場合ではない。
僕に何ができるだろう。まだ分からない。でも、少なくとも、ここで腐っているわけにはいかないのだ。
僕は部屋を飛び出した。飛び出した。


「希望の花」のニュースは世界中を駆けめぐり、人々の心にぬくもりを伝染させた。
君が蒔いた種は、確かにこの世界に芽吹いている。
僕の中でも、芽吹く音がした。それを守ると決めたのだ。
僕はたたかわない。でももう迷わない。
次こそ選ぶのだ。僕が信じられる僕を。
誰のためでもなく、僕自身のために。
それがいつか、めぐりめぐって誰かのためになるかもしれないから。

世界は今も混沌にまみれている。それでも。
君が守ろうとした世界
君があきらめなかった世界
君が愛した世界
君が生きている世界
そんな世界を、僕もまだ愛している。


ありがとう。離れていても、君の幸せを祈ってる。
いつかもう一度君に会えたら、伝えたいことがたくさんあるんだ。
その日までもう少し、僕は僕を信じてやってみるよ。


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※この文章は、monogatary.com主催のモノ書きコンテスト『モノコン2022』リーガルリリー賞への応募作です。
結果は10月30日に発表されており、私は残念ながら…… でした。


自分が落選していることは、発表より少し前に分かっていました。というのも、モノコンには予選(つまり途中経過発表)があったので。
チキンな私は、不意打ち(いつ発表されるか分からなかったので)でそれを知るのが怖くてmonogatary.comさんのTwitterをフォローしていなかったのですが、フォロワーさん経由で知ることになりました。
今回のモノコンを通じて繋がった方(リーガルリリーのことをとても好きな方)が、予選通過していたのです!すごい。

わ〜〜!と歓喜すると同時に、自分はダメだったかぁ…… とショックも受けました。
それでも一応、まだ数日は希望を捨てずに様子を見てみよう…… と思っていたのですが、さすがにもう「ない」だろうなと感じた10/27にTwitterでこう呟きました。

イラストも添えて


ちなみになぜ10/27なのかというと…… 実は結果発表の日にちを勘違いしていたんです。
28日だと思っていて。さすがに、前日になってもなんの通知もなければ落選確定だろうなって思ったのでした。実際には30日が発表日だったのですが。
けど、2日くらいならそんなに変わらないだろうし、発表前後はいろいろバタバタしていたので結果的にそれでよかったのかも?なんて。

発表当日の30日はリーガルリリーのたかはしほのかさんも出演している『弾き語り部』のライブを観に行っていたり、

翌日31日はamazarashiのライブで、その後はずっと余韻に浸ってライブレポを書いたり…… 
今もまだ、amazarashiに心と頭の多くをもってかれてる状態で。


他にも個人的にいろいろ盛りだくさんだったので、正直、それどころではなかったというか。ある意味、気が紛れてよかったのかも…… なんて……(やっぱりチキン)

結果発表の詳しいこととか、受賞作を読んだりする余裕もなくて、今この文章を書きながら「そういえば……」って思い出しているくらいで。
(今朝やっと大賞作品読みました!ありきたりな言葉になってしまうのがもどかしいけれど、物語に滲むリーガルリリー愛も含めて、とてもとても素敵な作品でした……!ほんとに)

↑大賞受賞作
心から、おめでとうございます!


良く言えば、私の心はすでに次へと向かっているのかも…… と思いつつ。
それでも、こうして今更ながらコンテストをふり返るような文章を書いているのは、やっぱりちゃんとショックだったという自分の気持ちを受け止めておきたくて。

落選と分かったとき、いろいろ考えました。
せめて予選は通過したかったなとか。
あれがダメだったのかもとか、これが良くなかったのかも、とか。
そもそも自分という人間が未熟すぎるのかも、とか。
“選ばれなかった理由”について、いろいろ考えをめぐらせました。
それは、裏を返せば「自分の作品を肯定したい」気持ちの表れでもあって。

あぁ、ちゃんと自分は自分の作品を愛しているんだなって、それを知れただけでもよかったなって。
選ばれなかったからキミはダメな子!なんて、他者の評価でわが子(とあえて表現する)への愛情が揺らがなくてよかったなって。

個人的にしんどいことが続いた日々の中で、コンテストへの挑戦はわずかな希望でもあったので、それが断たれてしまったときは打ちのめされました。
でも、人生そんな上手くいくことばかりじゃないよね。本気で挑んだのは自分だけじゃないのだから。

それに、挑戦したこと自体には全く後悔ありません。
初めて登録した場所で、右も左もわからないまま自分の作品を放って、とてもドキドキというか心臓ばっくばくで。
そんな中、はじめて誰かからの反応があった瞬間のうれしさありがたさ。
それから、いつも見守ってくれている方々からの反応の心づよさ。
そして、このコンテストを通して出会えた方。
コメントをくださった方々。
そのひとつひとつが、本当に本当にうれしかった。ありがたかった。

募集テーマが「恋愛ストーリー」でありながら、自分にはそれがよく分からない云々についても、それを公言するのはとても勇気がいりました。

恋愛感情が分からない?大人が(しかも既婚者が)なに寝ぼけたこと言ってるんだよ!と思われやしないかとか……。
やっぱり自分みたいな欠落がある人間はそれだけで他人を傷つけてしまうんじゃないかとか……。
そんな自分に物語なんて紡げるのかとか。

そんな中、「恋愛感情が分からないひとさんだからこそ書ける視点だと思いました」というコメントをいただいたときは本当に救われる思いでした。
否定されることなく、変に気を遣われることもなく、「そういう人もいるよね」くらいの軽やかさでさらりと受け止めてもらえたことがとても嬉しかったです。

読んでくださった全ての方々にほんと、感謝しています。

いつか、こんな私だからこそ持ち得る視点で描ける物語を完成させられたら……と。
そうやって自分を、まわりを信じながら。拙い歩みだけれど、これからも書き続けていきます。


【おまけ】

『沈黙と花言葉』の制作うら話&リーガルリリーへの思いの丈。


リーガルリリーに出会って、好きにならなければこの挑戦をすることもありませんでした。
大切な一歩を踏み出させてくれたリーガルリリーにも感謝。
いつか必ずライブ行きます!

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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