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『去年マリエンバードで』 本当に美しいものを観たい日に

初めて観た時、その完璧なまでの美しさと、記憶と時間軸が混ざり合う迷宮のような構成、詩的に響くリフレインのような会話回しに圧倒されました。

映画史上最も難解な映画の異名を持つこの作品。久々に鑑賞しましたが、またしてもさっぱりわかりません。ところがどうしようもなく好きな作品です。決して退屈なだけの”オシャレ映画”ではないのです。いろいろ解説を読んでみたのですが、どうでもよい気もして来ました。わからないことを凌駕して魅了される、打ちのめされるような心地よさを感じられる作品です。


『去年マリエンバードで』 アラン・レネ監督 1961年

あらすじ
永遠に続くかのような回廊を持つこのホテルで、男は再び女に出会う。しかし女は男のことなど覚えていないと冷たく答える。マリエンバードで会ったと繰り返す男、マリエンバードには行っていないと答える女。そして二人を見つめるもう一人の男。果たして一年前、何があったのか。



黒澤明監督の『羅生門』に影響を受け、脚本が書かれたそうです。
羅生門ではある事件を巡り、それぞれの証言ごとに物語が進行し、記憶というものの曖昧さや主観性をロジカルに見せつけられます。
しかし『去年マリエンバードで』では誰の記憶とも分からない記憶が、時間軸からも自由になり継ぎ接ぎされています。そこにはもはやカメラという客観的な視点すら、誰かの記憶に溶け込まれ、無意識のうちに映画の中に”事実”を求めていると足を掬われるかのようです。

記憶というのは過去の事実の焼き増しではなく、誰かが記憶を語る言葉とはすでに物語であり、”真実”ではありえません。そこには必ず解釈というバイアスが掛かっています。繰り返される場面、繰り返される会話、繰り返し言葉にされるいくつかの単語は、まるでそれぞれの記憶の歪みがこだまし合うようです。

そして劇中何度も現れる鏡。
合わせ鏡、三面鏡、鏡の中に写る別の鏡、そして鏡の中を動く人々の像。
騙し絵のようで瞑想的な美しい映像に酔いしれつつ、果たして私たちの眼は何を見ているのかと問いかけられる。ここでも鏡に写る映像を通して、見ると言うことの曖昧さが強調されているかのようです。


映画をさらに印象深く陰影づけるのが、白と黒の画面で繰り返される、静と動、静寂と喧騒、そして女と男という対立項。

ふと画面が静止し、役者たちの動きが止まる。
超現実的な会話に耳を澄ませていると、ふと無音になる。

唐突な変化にハッと立ち止まり、二項対立の中に物語の意味を探そうとしてしまうのですが、しかし白と黒の間には灰色があり、無音と有音の間には声のないざわめきがあり、女と男が近づくと二人を制止するもう一人の男が現れる。この第三の視点の存在にこの作品の面白さがあるように感じます。

物語全体の象徴とも言える一対の男女の石像の挿話でもそうです。

男は、これは男が危険を感じ女を制している様子だと言う。
女は、これは女の方が何かに気づき、男を止めようとしている場面だと言う。

二人の意見は分かれますが、どちらとも解釈することのできる石像の立ち姿。

そこへもう一人の男が現れて、石像の人物の名前と、この石像はある情景を描いたものだと教える。

同じものを見たり、同じ出来事を経験したとしても、そこには幾多の解釈の可能性があり、どちらが正しくどちらが間違っていると言うことはできない。どちらも正しくどちらも間違っているとさえ言える、そんなことが端的かつ詩的に映しとられた記憶に残るシーンでした。
それにもしかしたら、最後の男が語る石像の人物の名前すら、本当ではないのかも知れません。男の空想かも知れないし、記憶違いかも知れません。それは誰にも分からないのです。



最近わかりやすく楽しめる作品に偏向していた気がして、ちょっと喉が渇いたように感じていました。ザ・娯楽大衆作品!みたいなのも大好きなのだけど、大味な作品ばかりだと満たされません。

時には美しさに眩暈を覚えたり、なんだか全然分からないのに、ただただ凄い!みたいな圧倒的な映画の力に打ちのめされたい。
なんて思いながらウォッチリストを徘徊していて思わず手を止めたのが『去年マリエンバードで』でした。

映画の方から観る人を楽しませてあげようとするようなサービス精神旺盛な作品ではないかも知れません。じっくりと集中し見ることを要求してくる作品です。
でも、背伸びしても届かないような作品に打ちのめされ、世の中にはこんなに素晴らしいものをつくる人がいるんだ!と圧倒される瞬間が好きです。ついついこじんまりした生活に満足して居眠りしていたところを揺り起こされるように感じます。



さて、同じ人物が集い同じ会話を繰り返す、決して出ることのできないこのホテルは、果たして何を意味していたのでしょうか。

でも理解する必要はないのかも知れません。

ぜひ一度、体験していただきたい作品です。



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