見出し画像

いつか恋しく想うだろう、パリの人々

先日、パレ・ド・トーキョーという現代美術館の中庭で撮影アシスタントの仕事がありました。パレ・ド・トーキョーはパリ市近代美術館と向かい合って建ち、二つの美術館に挟まれた石造の中庭は、古代ギリシャ風とでも呼ぶのでしょうか、石の柱に囲まれています。中庭を囲む外回廊はいかにも絵になる場所です。中庭から階段を降りて一段下がると、彫刻で飾られた壁に囲まれた広い空間があり、そこはスケーターたちの聖地。午後になるとたくさんのスケートボーダーたちで賑わいます。自由な雰囲気です。


雨の降り出しそうな曇り空、寒い午後の初め。午前中にビデオの撮影を終え、今から写真の撮影が始まります。中庭の回廊で準備をしていると、ピッドブルを連れたドレッドヘアーの大きな男性がやってきます。巨大なリュックを背負い、所々ほつれと汚れが目立つコートとズボン。一息つこうと犬を繋ぎ始めたところで、同僚のRが彼の方へ向かいます。

「今からここで撮影するから、もうちょっと向こうの方で休んでもらってもいい〜?犬可愛いねー!私も同じ犬飼ってる!名前は?何歳?」

と二人で犬の話で盛り上がり、彼も撮影に写らない場所まで移動してくれます。

と、ここで撮影プロダクションのお兄さんがやってきて、さらに移動してくれるように頼みに来ます。

「雨が降ってきたら困るんだよなあ」と言いながら、それでももうちょっと下がった場所へ移動してくれました。飼い主のリュックサックのポケットから、犬は自分のご飯皿を咥えて取り出します。慣れたものです。


「ねえねえ、コーヒー1杯もらえる?」とドレッドヘアーの彼。

「オッケー!カフェかアロンジェどっちがいい〜?」とR。ついでにお昼ご飯のケータリングで残っていたサラダとデザートも持って行ってあげていました。


私たちは撮影を続け、その後ろではドレッドヘアーの彼の元へお友だちもやってきて二人でマリファナを吸いながらおしゃべりしています。


撮影終了後、またドレッドヘアーの彼を見ました。美術館のセキュリティのおじさんとも顔見知りのようです。

「おー!今日はあんたか!何時まで?」

「今日は0時までだよ」

「そっか、じゃあそれまで中でケータイ充電しといてくれない?」

「ああ了解。充電できたら渡しに来るわ」

「いやいや、大丈夫、俺この辺にいるし、夜勤終わりに出てくる時に渡してくれたらいいから!」


なんか良いな、と思いました。普通なんです。コーヒーとご飯持っていくRも、充電する夜勤のおじさんも、それを頼むドレッドヘアーの男性も。撮影班はここでの撮影許可を取っているので通行人に移動してもらうように頼む権利があります。ドレッドヘアーの男性はおそらく中庭の常連さんだし、雨をしのぎたいと言うのはもっともな事です。でも事情を説明すると場所を空けてくれます。

どちらもベタベタせずお互いできることをするだけの共存関係。パリではこんな光景をよく目にします。こういうとき、この街には人間が住んでいるなと感じます。

ドレッドヘアーの男性も、同僚のRも、警備員のおじさんも、なんというか、人間対人間のやり取りだと思うのです。

いつかパリを離れた時どんなことを恋しく想うか。この街の人間っぽいやり取りの瞬間を懐かしく思い出すのかもしれません。


撮影が終わると、一気に雨が降り出してきました。中庭の外回廊ではスケボーキッズや美術館を訪れた人たち、大勢が雨宿りをしていました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?