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シリーズ 昭和百景 「吉原に生きる」

割引あり

 2023年からさかのぼること78年前、1945年3月の東京大空襲を生き延びた女性、おきちさんが、東京・吉原で2015年に他界するまでの物語です。(『吉原まんだら』では描ききれなかった続編や、刊行後の展開、サイドストーリー、おきちさんが撮りためた当時の未公開写真なども掲載する予定です。行間や文字のフォントなど、読みにくさは適宜、ウェブ上でも読み易いように工夫し、改善していく予定です。至らない点などお詫び申し上げます。

 彼女は、まだ赤線地帯であった吉原で、偶然にもカフェーの経営者として吉原に迷い込んだのをきっかけに、その後、戦後という時間の変遷のなかでトルコ風呂やソープランドと呼ばれる、いわゆる風俗業を経営する傍ら、浅草界隈でキャバレーやホストクラブ、旅館など、男女の綾をまとうお仕事を広く手掛け、吉原では知らぬ者はいない、名物経営者として知られておりました。

 ともすれば、世間から蔑んだ視線を投げられる業種に携わることになった彼女は、偶然とはいえ、自らが立つことになった吉原という場所での生活を精一杯に前向きに受け止め、彼女なりに一所懸命に店を切り盛りしてこられまして、94歳を迎える2015年、ついに吉原の最古老となるに至りました。そして、私が原稿を書き上げるのを見届けるかのようにその年の酷暑のさなか、他界されました。

 彼女の夫、吉郎さんは亡くなるまで、ソープランドの全国団体の会長を10年以上の長きに亘り務めておられましたが、妻の「おきち」さんは、夫の陰にあって、業界内外のすべてを取りまわしておられました。夫亡き後、おきちさんのもとには、戦後吉原の業界の内部資料の一切がそのまま、しまわれておりました。

 そして、現役時代、「吉原の女帝」との異名をとった彼女を取り巻く、人間まんだらとも呼びうる人の綾に立ち入りました、「フーテン(風天)」と呼ばれることになる私が、4年に亘る月日のなかで、一歩ずつながら彼女の記憶を辿って参ります、その過程もまた、ひとつの物語として感じていただければと願う次第です。

 また本書には、戦後の吉原で主人公の女性と同時期に立ち現れ、縁を育むことになる、角海老グループ(角海老宝石、角海老ボクシングジムなどを含め)という日本最大のソープランドチェーン(30店舗以上)を築き、「ソープランドの帝王」の異名をとる鈴木正雄さんも登場いたします。

 鈴木正雄さんは故・本田靖春さんの『警察回り』中において、終戦直後の上野駅での段ボール回収から立ち上がり、輪タクを引っ張る「マー坊」として登場するなどのご縁もあったかたです。

 物語は全編にわたり、フーテンがこの「マー坊」と「おきち」の日常を往来する機会を得て、戦後吉原の風景を紐解いていくといった趣です。

 戦後の焼け野原にぽつねんと放り出された女性が、ひとつの覚悟のもとに戦後という時間を必死で、かつ逞しく生き抜いてきた、「ひとりの女性の一生」の物語として、吉原に関心のある男性読者や歴史愛好家、あるいはノンフィクションの読者に留まらず、広く文芸愛好家のお手に届くこと叶えばとも、僭越な願いを持ってもおります。

 言葉には四季があり、四季のなかにこそ、語らう人の心象風景は色彩を得てくるのだと、そう信じております。「語らい人」の四季に寄り添い、そのなかで、「語らい人」の言葉の彼方にある、まだ見ぬ風景を求めて、また、そうした言葉をノンフィクション、フィクションを問わずに、読者の心根に届く、表現のあり方を追求するべく、精進して参りたく存じます。

 上に貼付いたしました写真は昭和20年代後半、赤線時代の吉原での、主人公おきちさんが経営するカフェー「サロン太夫」での新年の一枚です。後列左端がおきちさんと夫の吉郎さんです。

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