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【素敵人インタビュー】プロサッカー選手を目指し、19歳単身でスペインへ③

「自分は何がしたいのか」。迷う大村さんへの救いの手

高校卒業後、日本の大学に進学。部活には入らず、地元熊本で海外を目指すためのトレーニングを積んだ。ビーチサッカーチームや熊本県の教員サッカーチームの練習に参加。その傍ら、小学生や中学生のコーチにも挑戦した。もちろん、大学の授業にもちゃんと出席。スペインでの生活費用やフライト代を貯めるためにアルバイトもした。
 
「あの時は毎日30分、1時間単位で予定が埋まっていて本当に忙しかったです。あんなこと、もうしたくないです」
 
あとはいつ行くか決めるだけ。
そんな希望あふれる若きサッカー選手にも、新型コロナは邪魔をした。

大学の授業がオンラインになり、サッカーの練習がなくなった。生活からサッカーが失われ、ペースが崩れる。
次第に何かモヤモヤしたものを感じ始め、「自分は何がしたかったのだろうか」と迷いすら生じた。哲学や考え方の本を読み漁ったが答えは出ない。
そんな時、ある人の言葉で自分の気持ちを再認識する。
 
2021年5月。
東京で出会った元Jリーガーと久しぶりに再会したときのこと。その選手はかつてJリーグでプレーし、現在社会人サッカー選手として活躍している。
プロとして活躍する人と話せる貴重な機会。思い切って、大村さんは抱えていたモヤモヤした感情や悩みを吐露した。すると、こんな言葉をかけられた。
 
「で、りゅうはどうしたいの?」
 
考えて悩むことも必要だけど、
悩んだところで、進むことも、後退することもない。
霞んでいた視界が一気にひらけていくのを感じながら、「行くなら、いまだ!」と胸を熱くした。
 
一度決断すると、もう止まらない。すぐに両親に相談。大学は、休学することにした。
母は「大丈夫?」と不安げだったが、父は「わかった、行ってこい」と一言。自分を理解してくれる両親がそばにいることで心強くなった。
 
そして、2021年8月。満を持してスペインへ渡ったのだ。

スペイン語学学校の友達と。 語学の勉強とサッカー練習の両立に励んだ。

目指すのは、人としても尊敬される選手

今シーズンのリーグ戦は、5月に閉幕。
父との約束は達成できなかったため、7月に帰国するという。

スペインサッカー選手としてのこの1年、本音を言えば「9割5分辛いこと」だった。でも弱音を吐くことは滅多になかったという。

「自分からきついとか言いたくないですよね。自分で行くと決めてスペインに来たから。
そういうことあまり言わないので、周りの人から『メンタル強そう』とか結構言われるんですけど、実はそんなことないんです。心の底は弱い。めちゃくちゃ弱いです。いつも、『何か起きるんじゃないか』『準備、いろいろやらないと』とか考えていて。だいぶ心配性です」

弱いからこそ自分と向き合い、人として成長したい。
目指す姿は、尊敬する選手2人。スペイン元代表で、FCバルセロナ・シャビ監督と、中田英寿氏だ。

「この前散歩中に、偶然バルサの選手が乗るバスと遭遇したんです。
そこで3、4時間待ってたら、中から選手がでてきて。
選手は試合前だからイヤホンしたり、ポケットに手を突っ込んですぐに通り過ぎたんですけど、シャビだけはみんなに手を振ったり、声援に応えたり、ホテルからバスの数十メートルでも笑顔で対応していたんです。
ピッチ上で素晴らしい選手だというのは知っているけど、こういうことができる人がトップ選手になるんだなと。人として魅力的でした」

また中田英寿選手からも大きな影響を受けているという。中田選手はイタリア・セリエAでプレーした他、日本代表として五輪やワールドカップに出場したレジェンドプレーヤー。引退後は、実業家として世界中を巡り、日本文化を伝える活動を行っている。大村さんはサッカーだけでなく、社会貢献もする中田選手に敬意を抱いた。

この2人から学んだのは、「サッカーだけうまくてもダメ」ということ。

「うまく言えないんですけど、ただのプロサッカー選手にはなりたくない。”大村龍之介”という人としてのカッコ良さを身に付けて、その上でサッカーが上手でありたいんです。サッカーがうまくても、選手以前に人としてどうなのか、という人をたくさん見てきました。通りすがりの人でも魅力を感じる人がたくさんいる。対応、立ち振る舞い。そういうのがちゃんとできる人間を自分は目指したい。その中でプロサッカー選手というサッカー上手というおまけがついてくる」

自分もそんなサッカー選手になって、出会ってきた人に感謝を伝えたい。
いつかお世話になった人たちに「ありがとう」を言えるように。

帰国後の大村さんからも、目が離せない。

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