「変わりたい」と願うあなたに。届いてほしい、「企画メシ」のこと。
半年前、わたしは
そんな想いで、コピーライターの阿部広太郎さん主催のオンライン講座「企画でメシを食っていく」に飛び込んだ。
20日に「完走報告会」を終え、わたしの"企画メシ第1章"は一旦幕を閉じたのだけれど、わたしの掌の中には、「ここから、はじまっていくんだ」という、たしかな希望がある。
ずっと憧れていた「向こう側」で、まさか自分が阿部さんと話をしているなんて。半年前は、想像もしていなかった。
そんなわたしは、半年前の自分のように「変わりたい」と思っているあなたに、いま伝えたいことがある。
「企画メシ2021」の最後の振り返りは、そんなあなたに向けたお手紙のように、心を込めて綴っていきます。
まずは、自己紹介を。
はじめましての方もいるかもしれないので、簡単な自己紹介を。わたしはこんな人間です。
前職は広告代理店だったけれど、コピーを考えたり言葉に触れるようなお仕事は、まったく経験したことがない。
いまのお仕事でも、「企画」という文字が入ってはいるけれど、携わっている時間で言うと、2割にも満たないくらい。
「企画すること」自体に興味はあったものの、企画メシに参加する上で「お仕事で活かせるから」という考えは、当時のわたしにはほとんどなかった。
2021年春、企画メシに飛び込んだ理由
では、どうして「企画メシ」に参加しようと思ったのか。いちばんの理由は、冒頭でも書いた「好きな自分になりたい」という想いから。
2020年は、緊急事態宣言下での生活と新しい職場に慣れることに精一杯で、あっという間に日々が過ぎてしまって。
という、焦りともどかしさを感じていた。
そんな時、開催されたのが「企画メシ」参加のためのチケットでもあった、「1day企画生」を体験できるオンラインのプレイベント。
阿部さんの書籍『超言葉術』で企画メシのことを知っていたこともあり、「自分も、この本の向こう側に行きたい」と強い感情を抱いた時のことを思い出して、26歳の誕生日の夜、思い切ってイベントに飛び込んだ。
▼当時の想いと、エントリーシート全文を綴ったnote
企画メシに飛び込んで、ぶつかった壁
2021年、6月。
晴れて「企画生」になることができたわけなのだけど、この半年間でぶつかった壁は、数えきれないほど。
何度も自信を失っては泣いて、暗闇の中でもがいて。感情の起伏は、どんなジェットコースターよりも急上昇・急降下を繰り返していたと思う。
中でも「いちばん苦しかったこと」は、ずっと見て見ぬ振りをしていた「自分の弱さ」に直面したこと。
初回課題である、「自分の広告」を通してぶつかった、はじめての壁。
企画生は80名もいるのだから、きっと、誰かひとりはわたしの企画を「いいな」と思ってくれるはず。そう思って提出したものの、わたしの企画は、誰からも選ばれることはなかったのだ。
「企画」や「広告」に関する本を何冊も購入して勉強して、友人たちに自分を表すキーワードを聞いてまわって言葉にして、慣れないデザインやコピーの内容を、頭を捻りながら考えて。
「時間も頭も体力も、持てる能力をすべて注ぎ込んだのだから、仕方ない…!」
最初はそう思って、心の整理をしようと試みた。
だけど、阿部さんから一人ひとりへのコメントを受け取って、気づいたのだ。
わたしは「わかってほしい」という想いが強すぎて、「わかる人にだけ、わかったらいいや」と思い込むことで、「わかってもらえなかったら、怖い」という不安を解消しようとしていたのだ、と。
このことに気づいた時は、自分の弱さから目を背けたくなった。
でも、初回に0票だったわたしには、もう失うものなんてない。せっかく気づけたのだから、誰よりも学んだことを実行して、絶対に次は「伝わる企画」をつくる。
そんな想いで「学んだことを、すべて実行」した結果、はじめて「伝わった」のが、2回目の「伝統の企画」だった。
▼「伝わらない」をはじめて経験して、みつけた目標
▼はじめて「伝わった」企画ができるまでのお話
企画メシに飛び込んで、掴んだ希望
はじめて誰かに自分の企画が「伝わった」とき。
あの、心の温度がぶわっと上がる感覚、目の前がぱっと明るくなる瞬間は、今でも忘れられない。
安心感と喜びと幸福感がない混ぜになって、一気に押し寄せてくる、あの感覚。
わたしにとって、2回目の「伝わった!」瞬間は、後半戦の「ラジオの企画」だった。
この時、わたしは前回の企画で大失敗をしてしまったことと、自分の文章が親しい人に「全く伝わらなかった」と言われてしまったことのダブルパンチで、人生でいちばん自信を失っている時期だった。
これはずっと認めるのが怖かったけれど、正直、2回目の企画で「伝わった!」を経験したわたしは、「伝える」を軽視してしまっていたのだと思う。
一度伝わったから、もう自分は伝えることができるようになった。そんな風に、勘違いしてしまっていたのだ。
でも実際は、まったく違った。
「一度できたことが、できない」自分への恥ずかしさともどかしさ。そして「企画メシ」があと2回で終わってしまうという、焦り。
そんな気持ちでいっぱいになったわたしは、「もう一度本気でやろう」と、自分を奮い立たせた。
「弱い方に引っ張られそうな時の自分」は、この状況から逃げ出したかった。弱音を吐きたかったし、大変さを言い訳にしたかった。
そんな想いが、何度も過ぎって。
それでもわたしは、諦めたくなかった。
全部を優先する、気合いでなんとかやり切ろうとする。
それはいつもなら、「わたしの悪い癖」であり「直すべき課題」だったけれど、今回ばかりは、そんな自分に感謝を伝えたい。
頑張ってくれてありがとう、と。
「このまま続けたら、音声配信界のaikoになれそう」
という、人生でいちばんのお褒めの言葉をもらったラジオの企画。
阿部さんに「殻、やぶれてた。」とコメントをいただいた、「本当は弱くて自信のない自分」をはじめて話したB面ラジオ。
どちらも、「自分を諦めたくない」「好きになってほしい」という想いで必死に自分の弱さと向き合って、聞きたくない言葉も受け入れて、興味を持てない世界にも自分から歩み寄って、「相手」の顔を想像して、忍耐強く言葉を探しに潜って……
地道に繰り返したからこそ、出会えた「希望」だったんだなと、今では強く思う。
▼ラジオに苦手意識があったわたしが、企画で「伝わる」を経験して気づいたこと
企画メシで得た、いちばん大きなもの
学びや気づき、できるようになったこと。数えたらたくさんあるけれど、わたしの中でいちばん大きかったのは、「人生ではじめて、"仲間" を知ったこと」だったなと思う。
いままでの人生を振り返ると、わたしには「最初から、最後まで一緒」に何かをした"仲間"や"同期"という存在が、あまりいなかった。
小学生の頃は、クラスで自分だけ中学受験をして。
中学生の頃は、途中でブラジルに引っ越して。
高校生の頃は、日本人というマイノリティで。
大学生の頃は、3年になるまで自分の居場所がみつからなくて。
もちろん、常に何らかのコミュニティには所属していたし、大学時代も最終的には「ここだ」と思える居場所をみつけることはできた。
けれど、やっぱり自分はいつも特例で、「完全にみんなと同じとは思われていない」という感覚が、どこかでずっとあった。
だから、仲間という言葉にはどこか懐疑的で、うらやましくもあって、憧れるあまり、自分の中でも「なんだかよくわからない概念」だったのだ。
「企画生」との関係性は、言ってしまえば「半年間、オンラインで一緒に講座や課題に取り組んでいた人たち」だ。
だけど、最終回の講義ではじめて顔を合わせたとき。
あまりにも自然に会話がはじまって、何の違和感も不安も感じなかったとき。
一人ひとりの宣言をあたたかく見守るまなざしや、話したことのない人同士でも「ずっと話してみたかった」「あの時の企画がとてもよかった」と心のこもった言葉を交わす、笑顔溢れる横顔。
自分自身に向けられていないものも含めて、その場の空気がやさしくて、胸がぎゅうっと締め付けられたのを覚えている。
まだ、わたしたちは出会ったばかり。仕事で再会してからが、本番だと思う。
だけど、帰り道、ふと「もしかして、これが仲間っていうのかな?」と、突然魔法からとけたかのように、すとん、と言葉が落ちてきた。
数年後、胸を張って「仲間」だと言えるように、言ってもらえるように。今日から改めて頑張ろう、と、冬空の下気合を入れ直したのを、覚えている。
これから、企画でメシは食っていけそう?
報告会でも最後に投げかけられた、この問い。
わたしは胸を張って「はい」と答えたい。
明確な根拠は、ない。だけど「できるかもしれない」という予感は、たしかにある。
その「予感」を手にすることができたのは、おそらく
「自分はどんな人間で、どんな良さがあるのか」
が自分の中ではっきりとわかったことと、
「そんな自分は、これからどんな風に生きていくのか」
が、一本の線ですっと繋がったからだと思う。
最終課題のお題は、「あなたはどんな企画をする人になりますか?」というもの。
わたしはこれに対して、こんな答えを出した。
「わたしには、好きなものがたくさんある」と、「好き」という感情のみに焦点を当てていた「自分の広告」。
そこからわたしは、企画メシを通して、自分の本当のよさは「好きという前向きな感情だけではなく、寂しさや不安やもどかしさといった後ろ向きな感情もすべて受け入れて、さらけ出しながらも、諦めず理想を目指して生きている」ところだと知った。
「弱い自分 "でも" いい」と言い聞かせていたわたしは、「弱い自分 "だから" いい」と、はじめて「わかった」のだ。
わたしが自分の感情に蓋をしたり、目を逸らしたりせずに、まっすぐに言葉にして、伝えていくこと。
そうすることで、それを目にした誰かが「自分もこんな感情を抱いていいんだ」と、少しでも自分らしく生きる、小さなきっかけになれたら。
そんな願いが自分の言葉になったとき、いままで自分が取り組んできたことは、すべてここに源泉があったんだな、と気づいた。
誰にも伝えることのできない想いをなかったことにしたくなくて、書きはじめたnote。救われたり洗われたり揺さぶられたり、そんな心の動きを残しておきたくて、続けているInstagram。
すべての理由は、ここにあった。
岡崎菜波という人間が、生きる意味。
この世界の誰かに、届けられる価値。
それは、こういうことなのではないだろうか?と、はじめて「自分のあり方」と「自分にできること」が、ぴったりと重なった気がした。
そして「仕事」という、もう少し狭い範囲で言うと、「自分の感性を使って仕事をする」というのが次の目標だ。
いままでは、「好きなことを仕事にするのは憧れだけど、難しい」と思っていた。
だけど、企画メシを通して「自分の感性を、いいと思ってくれる人」にたくさん出会って、企画をつくる中で自分の新たな可能性に気づかせてもらって、磨き続ければ、自分でも「伝わる」企画をつくることができると知って。
これから、自分の感性を育てて、論理の部分をもっと磨いていけば、自分の感性を使って仕事をすることも、できるんじゃないか?と、そう思えた。
すべての理由は、「企画メシ」だったから
夢中で駆け抜けた、半年間。
「ほんっっとうによく頑張った!!!!」
と、自分を褒めてあげたい。
仕事をしながら、毎週課題に取り組んだり、他の企画生のアウトプットを見て「感動メモ」を書いたり、その傍らでチームの企画を進めたり。
正直しんどいと感じることもたくさんあったし、講義が終わるとどっと疲れが出てしまって、しばらくPCの前から動けない、なんてことも何度かあった。
課題提出の前夜はいつも3時くらいまでPCと睨めっこして(わたしが夜型なのもあるけれど…)、ストレスで病気にかかって締め切りの前日まで何も着手できなかった時は、本当にひやひやした。
でも、この半年間。
「努力」や「継続」が大の苦手であるわたしが、ここまで全力(もはや、それ以上)を出し続けながら走り抜けることができたのは、「企画メシだったから」だと、はっきり言える。
企画メシだったから。
もっと言うと、阿部さんだったから。
毎回、約80人の企画に目を通して。時には音声で一人ひとりにコメントをしたり、1万字にも及ぶメッセージを書いてくださったり。講義後にメッセージを送ると、必ずあたたかい言葉が返ってきて、何度奮い立たされたことか。
こんなに一人ひとりに真摯に向き合ってくれる大人がいるなんて……と、何度も心が揺さぶられた。
支えてくれたあなたへ、感謝の言葉を。
最後に、個人的な話にはなりますが、どうしても感謝を伝えたい人がたくさんいるので、これを書いて締め括りとさせてください。
企画メシに飛び込む前は、半年間を走り抜けた先で、こんな景色が待っているなんて、想像もしていませんでした。
あなたの存在なしでは、ここまで来ることはできなかったと思います。本当に、ありがとうございました……!
***
阿部さん
半年前、わたしを見つけてくださって本当にありがとうございました。
阿部さんと出会えたこと、阿部さんから贈っていただいた言葉、一つひとつが宝物です。この半年間で受け取った熱を、これから少しずつ、まわりに広げていきます。いつか再会できる日を楽しみに、自分らしく頑張ります。これからもずっと、よろしくお願いします。
平賀さん
半年間、企画メシという場を細やかな気遣いで支えてくださって、ありがとうございました。お花がふわりと咲くような、少女のような笑顔にいつも癒されていました。誰かに感謝を伝えたいときは、贈り物上手な平賀さんのことを思い出します。
企画メシで出会ったみなさん
出会ってくださって、ありがとうございます。本当は、一人ひとりにメッセージをお届けしたいので、また個別でお声がけさせてください…!そして、いつか必ず。仕事で再会しましょう。わたしも頑張ります。
チームひだまり(しょこさん、まっきーさん、くれちゃん)
みなさんと同じチームになることができて、本当によかったです。会えなくても不思議とそばにいる感覚で、ずっと支えられていました。それぞれの未来が楽しみですね。これからもよろしくお願いします!
春花さん、かすみさん、ひよりさん、りなちゃん、ぐっちさん
「自分の企画」では心強い言葉のお守りをいただいて、ありがとうございました。贈ってもらった言葉を、何度も何度も、読み返しては泣きそうになりました。たくさんのきっかけと、一歩踏み出す勇気をもらいました。ずっと、大切にします。そしていつか、恩返しをさせてください。
大切な友人のみなさん(ゆかり、ゆりちゃん、なおちゃん、さえ、りな)
課題に取り組むたびに、意見をくれたり話を聞いてくれたり、励ましの言葉をくれて、ありがとう。弱ったとき、自信を失ったとき。あなたの存在が、ほんとうに心強かった。これからもずっと、わたしの人生で、大切な大切な存在です。
そして、この半年間ずっとそばで支えてくれた、恋人へ。
毎回講義が終わるたびに、「どうだった?」と電話をかけてくれて、とっても嬉しかった。うまくいった時はわたし以上に喜んで、うまくいかなかった時は、泣き止むまでそばにいてくれて。
あなたがいなかったら、わたしは自分が岡崎菜波として生きていく方法が、きっと最後までわからなかったと思います。
いつもありがとう。これからもずっと、よろしくお願いします。
***
最後に。ここまで読んでくださった、あなたへ。
もし、あなたが半年前のわたしと同じように、「変わりたい」と思っていて、このnoteを読んで少しでも「踏み出してみようかな」と思ってもらえたら。
それ以上に、嬉しいことはありません。
今すぐに、ではなくても。
いつか、あなたの小さなきっかけに、なれますように。
ずっとずっと、願っています。
***
▼「企画メシ」での半年間について、もっと詳しく知りたい方は、こちらもぜひ。(包み隠さず綴っています。)
この記事が参加している募集
いただいたサポートは、もっと色々な感情に出会うための、本や旅に使わせていただきます *