巡り会う風

好意は持ち重りがするといっても、誰も信じてくれません。
その見えない重りは私の手足の先端に付けられるから、私は泣きそうになってあたりを見回し途方に暮れるのが常でした。
スカートとハイソックスの間に覗く膝の裏っ側に撫でるような感触を感じ振り向く度に、母親に結ってもらったポニーテールとアイロンを当てたブラウスの襟元の間に滑り込む生暖かい視線を感じる度に、付け始めたばかりのブラジャーの縫い目が、真っ白い体操着の上に浮き上がっているのをなぞる視線を感じる度に、
私はどんどん呼吸の仕方を忘れてしまうのです。

今にして思えば、私に好意を示してきた男の子たちの行動は笑ってしまうほどに素直で直球でした。
どうして私はそれを疎ましく感じ憂いこそすれ、慈愛で受け止められなかったのでしょうか。
それは、自分自身に引け目があったからに他ならないのです。

風のうわさで「七瀬ちゃんの笑顔を見るだけで幸せになれる」という言葉を耳にすると、気恥ずかしさと共に、激しい憤りが体中を駆け巡ります。
下駄箱や机の中にそっと忍ばせられた手紙は、私がそれをひらくとともに、その手紙の差し出し主の体温によって柔らかく掌の上で羽を広げゆっくりと羽ばたき始めます。

皆、私の存在を引き金にして遥か彼方へ飛んでいこうとしています。それでは、最後に取り残された私は、どうやって飛び上がれば良いのでしょうか。両手に重りを付けられた私にとっては、大空を飛び回る男子たちは私に荷物を背負わせて能天気に遊んでいるようにしか見えません。

だから私は誰かに好かれることが嫌いでした。
私を好いた人は皆、私を置いて遠くへ行ってしまうのです。

それでも、告白を拒絶する時に感じる痛みに慣れることはできません。それはすなわち彼らがこれから手にしようとする羽の形を、大きさを、しなやかさを私が決定することだからです。
なんて身勝手なのでしょう、告白というものは。
全ての決定権を相手に委ね、それを依り代に生きる方向を定めようとするようなものです。イカロスよりも愚かな人間のすることだと思います。

告白を拒絶する時に私はいつも泣きそうになるのをこらえます。私の唇が震えるのを緊張のせいだと思った御仁も数多くいることでしょう。しかしそれは全くの見当違いです。あなたを傷つける役目を背負わされる運命に対して憤りを感じてのことなのです。

7つも年下の男性から愛を打ち明けられたとき、私はそのような運命に諦めを抱いておりました。
「あなたに対して抱く気持ちはとても特別なものです。付き合いたいなんて言ったらあなたはきっと困るから、そんなことは言いません。でも本当に好きなんです。それだけは知っていてほしいです」
その文面はとても清々しく、まるで夏の木陰に吹く一陣の風のような勢いをはらんでいました。

私はその時に気がついたのです。
私にも羽があることに。

風は木々を揺らし、時には誰かの家の窓辺の風鈴をちりちりと鳴らし、空高く消えて行きます。その風を身勝手だと言う人がどこにいるのでしょうか。その風は生命を運び、眠っていた木々を目覚めさせるのに十分なものでした。

初夏の瑞々しい風の吹く日には、彼のことを思い出します。
私にも羽があることを気がつかせてくれたその彼を。
私も誰かの風だったのでしょうか。
空を見上げても、かつて私を通過していった彼らはどこにも見当たりません。
次の風に上手く乗って旅をしていたらいいなと思います。きっと、彼らは多くの景色を見て、以前とは違う姿に変容していることでしょう。どのような姿であっても、彼らのことを見つけようと思いました。
そうすれば、いつかまたどこかで、巡り会える気がしてならないのです。

#エッセイ
#日記
#小説
#短編小説
#恋愛

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?