ハレルヤジャンクション

ねぇ、17歳の夏の明け方の空気が澄んでいて冷たかったこと、覚えている?
レースのカーテン越しに届く静かな日差しは、誰も目覚めさせないように密やかに差し込んできていて、土鳩だけが低いところで喉を鳴らしていた。
顔を窓の方へ向けると、私の脇のシーツはあなたの形に窪んでいて少し湿った温もりを残していたから、私はそこに顔を押し付けあなたのシャンプーの香りを嗅いで、夕べのことが本当に起こった出来事なんだとゆっくり心に納得をさせたの。
レースのカーテンの向こうにあなたの影が見えた。デッキチェアに腰掛け本を読んでいる。いつからあなたは外にいたのだろう。むき出しの肩に、長い髪がかかっているからあなたの顔まで見ることができない。
私はカーテンをそっと開けて、あなたが私を見上げたのを確認すると静かに窓をあけて微笑む。
「何を読んでいるの」
あなたは白いサマードレスの膝上で本の表紙を閉じて見せた。
「村上春樹」
私はあなたの答えに顔をしかめて、ベランダと庭を分かつ手すりによりかかる。

ステンレス製の手すりは朝露に濡れていた。顔をしかめた私にあなたは近づいてきて「四つ葉のクローバーを探しに行こう」と囁く。朝露はあなたの指先で私の肩にじんわり広がっていったから、手すりを飛び越えたあなたを追いかける時、肩先に冷たい風を感じていたのよ。

気持ちに重みがあるってこと、あなたのおかげで知った。それまで軽々と放ってはキャッチボールのように扱ってきた心の中に、こんな持ち重りのするものがあったなんて。
2足のサンダルは、湿った草をかき分けてどこまでも進む。
吹けば飛ぶような、握れば潰れそうな、小さな四つ葉のクローバーを交換するときに、指先が震えていたのは私も同じだった。

あの時摘んだクローバーの押し花を今でも持っていると言ったらあなたに困った顔をさせてしまいそうで、だから私はそんなこと言わない。
あなたを空港で見送る度に、私は今でも泣いてしまうけれど、あなたは17の夏に山の麓の新幹線の駅で涙を流して抱きしめてくれたあと、私を想って泣いたこと、ある?
忘れてしまっても構わない。
ただ、17歳の夏の朝に私とあなたの軌跡が交わっただけ。その邂逅が私達の軌道をわずかに乱したから、その線は弧を描き何度も遠い未来でまた交わるというだけ。

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