車乗りの恋人

この1ヶ月、恋人のクリスマスプレゼントに頭を悩ませている。

私の恋人の好きなものは車で、私はそんな恋人が好きだ。
彼が運転する国産スポーツカーは、低いうなり声をあげながらC2を走る。ハンドルを何度も切ることなくコーナリングを決める彼の横顔は、トンネルのライトに照らされてとても美しい。オービスの位置を熟知する彼は、きちんとオービスの出現の手前で減速することも忘れない。そんな彼は最近、移動式オービスの出現に心を痛めている。

彼の生活は車が中心になっていて、だからデパートの男性フロアに行っても、雑誌のプレゼント特集を見ても、彼の琴線に響きそうなものは見つからないのだ。
以前彼に香水を贈ろうかと思って、好みを尋ねたら
「好きな香り?うーん、ガソリン」
と答えられた。

11月、恋人の誕生日だった。
私は最初、恋人にステアリングハンドルを贈るつもりだった。
脚の長い恋人は、いつも車高の低い車に乗り降りする時にハンドルの位置を変えていたので、もっと合うものがあると思ったからだ。
MOMOのステアリングは、恋人が気になっているようだったし、贈り物には最適だと思った。
恋人にそれを伝えたら、彼はたいそう喜んで、自分の欲しい型番を教えてくれた。

購入手続きを進める中で、ふと気になったことがあった。
純正でないステアリングハンドルにはエアバックがついていないのだ。
恋人にそれを伝えると、
「そんなの当然だ。でも大丈夫。その分軽いハンドルを使うことで運転技術は格段に向上するから、事故る確率は減る」
とよくわからないことを言い始めた。
「やだやだやだ。あなたの命を危険にさらすようなものを贈るなんて出来ない」
「お守りもくれればいいよ」
「そんなの効果ないわ。車に乗る上では確たるものがないと」
私の主張に彼は苦笑しながら
「そうしたら消火器と、ハンスもプレゼントしてもらうのはどうかな」
と提案をしてきた。
「なるほど。でもそのままでは可愛くないから、リボンで可愛くするね。消火器も、スワロフスキーでキラキラにしてあげる」
「有事の際に使えないのは困る。やめてくれ」
「そんなのつまんない」

結局、ステアリングを贈る案は流れた。
他にもロアアームが欲しいと呟いていたが、そんなよくわからない金属の塊をあげても私のテンションは上がらないので無視した。

この間の電話で
「点火プラグが欲しい」と彼が言ってきたとき、私はもうそれを贈る決心をしていた。
タイヤを贈ろうかとも思っていたけれど、彼が
「君からの贈り物を1回のサーキット走行でごりごり削るのは忍びない」
と言って、承知してくれなかった。
「消火器がダメなら点火の方向で」
という彼の言葉を受けながら私は点火プラグの購入手続きを進める。
「俺の車は4気筒だから4本欲しいんだ」
と言うので、
「付け比べするために8本でも12本でも買ってあげるわよ」と言うと、
「そんなにいらない」と言われた。

友人に事の顛末を伝えると、とても笑われたが、構わない。商品の発送通知を受けた彼はとても嬉しそうだった。

友人は私に問う。
「ところで点火プラグって何」
「よくわからないけど、4つあるからタイヤに点火するためのプラグじゃない?」
「それ火の車になるよね」「大変だね」

彼は私に言った。
「俺と君は話は合わないけれど、気が合うからね」
「私と話し合わないっけ」
「合わないって。車の趣味も、好きなレーサーも違う」
「でもね、世の中には車好きな女の子だって少ないのよ」
「俺にとってはそこはどうでもいい」

誕生日プレゼントが決まったと思ったら次はクリスマスがやってくる。
彼の喜ぶ顔を思い浮かべると、悩む時間も楽しくなるから不思議だ。

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