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「客室にペットを」論争から考える、家族としてのペットと現状

はじめに

2024年1月2日に羽田空港で日本航空(JAL)と海上保安庁の航空機の衝突事故が発生しました。このような大規模な事故において、JAL航空機の乗客・乗員の方々が無事だったことに安堵しながら、海上保安庁の航空機に搭乗されていた5名が亡くなってしまった結末にはとても心が痛みます。

私は一連のニュースを見ながら「貨物室に動物は乗っていなかったのか?」を気にする1人でした。

そして、続報で貨物室に預けられていたペットも救助できず亡くなったことを知り、予想はしていたものの、小さな家族を置いて脱出しなければならなかったご家族の気持ち、貨物室で亡くなった子たちの状況を想像するだけで、どんなに辛いだろうと、数日経った今でも胸が締め付けられます。

その後、SNSを中心にペットを貨物室積み込み禁止にする署名運動などが行われ、多くの著名人も言及し、多くの賛否が沸き起こっていることを知りました。

この論争を拝見する中で、私は2022年にJR東日本スタートアップさまと弊社が協働し、日本で初めてのペット専用新幹線の実証実験を行った頃のことを思い出していました(詳細はこちら)。

当時、通常はケージ内で「手荷物」として肩身の狭い環境・想いで同乗するペットを、「小さな家族」として一緒に同乗いただける移動手段の検証として行わせていただきました。

ペットの家族化に伴う新たな取り組みとして多くのメディアにも取り上げていただきました。

この多様性を重んじる時代に、ペットも家族として捉えるこの実証実験には「自分も愛犬と同乗したい」「他の地域でもやって欲しい」「実用までいってほしい」等の賛同や期待の声をいただきました。

しかし、アレルギー・衛生面・快適性への懸念など、多くの反対意見があったのも事実です。それは今回の、飛行機の客室にペット同伴乗車することについて集まる反対意見とほぼ同じだったことが印象的でした。

私はペット専用新幹線の実証実験を行った身としてもこの件に言及しておきたく、現在のルールや他国事例などを学ぶところからスタートし、この記事の公開に至りました。

「客室にペットを」論争の論点整理

まず、今回の悲しい事故を通しSNS等で発せられている意見は、それぞれの立場から非常に重要な声だと感じています。

「ペットも救えるよう、客室に乗せてあげて欲しい」という想い。「動物アレルギーの方も配慮すべき」という懸念。「そもそもペットにとって飛行機はストレスだから乗せるべきではない」という見解。

率直に、それぞれの観点から正しいご意見だと感じました。現状と異なるアイディアや変化が生まれるとき、多方面からさまざまな意見が生まれるのは、「どのような観点を重要視しているか」が異なるため健全なことだと思います。

ただ、今回は同じテーマに言及しているようで、異なる論点が混在しているとも感じました。

きっぱりとは分けられませんが、この記事では、以下2点に分けて整理していけたらと思います。

① 緊急時のペット救出の課題
② 公共交通機関におけるペット乗車への賛否

(ちなみに、記事執筆に際しさまざまな意見の投稿やコメントを拝見し、自分と異なる意見に対し、過度に攻撃的な批判・表現を取る必要はないのにな…。とも思いました。SNSって難しいですね。)

① 緊急時のペット救助の課題

■ そもそも、なぜ飛行機のペットは救えなかったのか?

今回の事故で命が失われたのは事実です。では何故、ペットを救うことはできなかったのか?

実はペットは法律上「モノ」として扱われ、多くの航空会社では貨物室に預けられます(JALのペットポリシー)。緊急時には人命が最優先され、貨物室のペットの救助は物理的にも困難を極めます。

また、緊急時に脱出を要する際は、手荷物も全て持たずに行動しなければいけません。その「手荷物」にはペットも含まれているのが現状です。

日本ではスターフライヤーがペットと一緒に客室に搭乗できる「FLY WITH PETS!」というサービスを、2024年1月15日から国内線全路線・全便に拡大を予定しています。

しかし、残念ながらペットが手荷物扱いであることは変わりません。客室への同乗が可能になっても、「手荷物」であるペットは緊急脱出時の同行は認められておらず、本サービス利用する際も事前の同意が必要となっています。

つまり、客室にペットと同伴乗車できる = 緊急時に避難行動を共にできる、という訳ではないのが現状です。

■ 災害発生時にもペットの救助・避難に課題が存在する

事故前日に起こった能登半島地震のような災害発生時も、ペットの救助や避難には関連した課題が残っています。

2011年の東日本大震災の際も時間と共に甚大な被害が明らかとなりましたが、ペットの被災状況も凄惨なものでした。

震災により死亡した犬の頭数は、福島県では約2,500頭、 岩手県で 602 頭との報告もあります。(環境省「東日本大震災におけるペットの被災概況」)。ちなみに猫は犬のような登録制度がないため不明だそうですが、同じように多くの命が失われたでしょう。

福島原子力発電所の事故発生時、警戒区域では住民の避難が必要になりましたが、避難バス等でのペット同乗が認められず「解除されたらすぐ戻れるから」と自宅に置いて避難せざるを得なかった状況もありました。また、避難中に周囲の反対を押し切りペットを助けるために自宅に戻り、そのまま行方不明になってしまった方もいたそうです。

このようにペットの安全状態が飼い主の避難に影響を与え、結果として要救助状態に陥らせてしまう事例もあります。

そのため、昨今ではペット同行・同伴避難の推進が、結果として人命の迅速な避難を実現できるとして積極的に推進している自治体もあるようです。

■ 日常と緊急時の間で考えるリスクバランス

飛行機の事故発生リスク、ペットのストレスを加味し、「そもそも、ペットを乗せるべきではない」という意見も多く見受けられました。リスク回避の観点からは、リスクは除外すればするほど理屈上は安全なので理解できます。

ただ、目的と利用方法によっては選択肢として飛行機が最善である可能性もあります。

飛行機を利用する目的は、それこそ様々です。今回は(安全と比較し優先度が低く見える)ペットとの旅行が想定された意見が多かったですが、実は保護活動の中で、保護犬・保護猫の譲渡機会を増やすために遠方から保護先を変えたり、譲渡時に飛行機での移動が選択されることもあります。

新しい家族との出会いを求める保護犬・猫の移動や、飼い主さんの引っ越しや帰省などの状況では、長時間に渡るペットのストレスを軽減し、安全かつ迅速に目的地へ移動できる選択肢として飛行機が優先されることもあるでしょう。

また、事故回避のためにペットホテルに預けても、不在時に自然災害や事故が発生する可能性もあります。

結局のところ、利用目的や対象となるペットの性質・体力・経験にも依存するため、リスク管理とのバランスで飼い主さんが判断することが重要になります。

そして判断するときには、より良い選択肢があって欲しいと願うのは当然のことでもあります。

事故・災害時は人命が優先されることは、今回「客室にペットを」論争で賛同するほとんどの方が理解を示していると思います。何も、他者の命を押し退けて「私の子(ペット)を最優先に助けて!」と主張している訳ではないのです。

ただ、現状の法律やルールでは難しくても、「家族を守れる可能性を高めたい」という当たり前の想いが否定されず、尊重される社会になって欲しいと強く思う機会になりました。

この他者・異なる意見や価値観への尊重が、今回の「客室にペットを」論争のなかで著しく欠けていたと感じます。

② 公共交通機関におけるペット乗車への賛否

今回は飛行機事故が起点となりましたが、そもそもペットの家族化に伴い、家族向けとしての高品質な商品・サービスが続々と生まれています。

ペット同伴可の施設やペットと泊まれる宿も増えており、公共交通機関を含めた移動手段の多様化にもニーズが高まっています。

日本のペット市場は拡大傾向にあり、2021年度の市場規模は1兆7,187億円に。すでに日本の犬猫の飼育総数は15歳未満の子供の数より多いと言われており、ペットは決してマイナーな存在ではないのです。

■ 日本の公共交通機関のペット乗車方法

意外と気づかない方が多いかもしれませんが、現時点でも日本の多くの電車・バス・新幹線等でもペット乗車は認められているケースがあります。

ただ乗車する際には、ペットのサイズや重量制限があったり、ペットが入るケージ等に強度の指定があったり、各社で細かな規定・条件が定められています。

また、ハード面以外にも他の乗客に迷惑をかけない行動を求められているため、ペットと公共交通機関を使用する飼い主さんは混む時間帯を避けたり、騒がない工夫をしたりすることが多いです。

しかし規定の厳しさ、肩身が狭い等の心理的ハードルもあるため、まだまだ移動手段としての選択を避けられがちです。

■ 世界の飛行機におけるペット同伴乗車の事例

過去や未来。他国の事例に視野を広げると、目の前にある「当たり前」が「当たり前」ではないものに変化することもあります。

「ペットが貨物室ではなく、客室にいる。」

このような状況がほぼない日本では、「とんでもない」という意見が多く生まれます。しかし国際的には、多くの航空会社がペットの同伴を許可しているようです。

その同伴乗車の条件は航空会社や目的地によって異なりますが、例えば、American Airlinesはサイズ・重量・動物種・目的地等の条件がクリアされていれば、ペットの客室同伴が認められています(American Airlines公式サイト)。

また、Air FranceHawaiian Airlinesも同様に、制限はありつつもペットを客室に同伴乗車する選択もあるようです。

解消すべき課題はたくさんあれど、「ペットは手荷物として必ず貨物室」という選択は、日本の、2024年現在の「当たり前」に過ぎないのかもしれません。

アメリカ在住の獣医師の西山ゆう子先生が執筆されたペットの飛行機に乗る際のメリット・デメリットの整理が勉強になるので、興味のある方はぜひ一読ください。

■ ペット同伴乗車の課題整理

ペット専用新幹線の実証実験を行った際や、今回の「ペットを客室に」論争でも課題視・反対理由になっている項目は、ペットフレンドリーな選択肢を求める責任としてどれもクリアすべき重要なポイントです。

具体的な懸念と検討事項の例を挙げます。

① 衛生面やアレルギーへの懸念
公共交通機関内でのペットの同伴は、衛生管理のハードルを高め、アレルギー反応を引き起こすリスクも想定しなければいけません。

これに対してはペット専用新幹線の実証実験の際は専用カバーの設置や実際にどのくらいの対策でアレルギー原因となる物質をクリアにできるかの検討なども行いました。

また、例えばペット専用のエリアを設定し、アレルギーを持つ方への配慮として、ペットの存在を事前に通知し、避けられる仕組みも必要でしょう(同伴乗車を推進している航空会社でも同様の取り組みがされているそうです)。

② 騒音や臭いなどの、他の乗客の快適性への懸念
ペットの吠え・鳴き声は、動物が苦手な方にとって不安・不快の原因になってしまうこともあります。

これに関しては、飼い主さん側の日頃のトレーニングや他者に対しての配慮が大切になります。

ペット同伴可の施設でも、吠えや攻撃性のあるペットの入店はNGとしている事例も多くあります。ペット同伴乗車をするためには、子供の教育と同様にペットが受け入れてもらいやすい行動を心がけ、一定基準を設けて多くの方が安心して利用できるラインを検討することが大切です。

さいごに

特に反対・懸念の意見として多い上記2点の場合も、これらの意識の高さが世界で評される日本の清潔さの原点でもあり、徹底しリスク調査・回避する安全性に寄与しているとも感じました。

私は「ペットを家族として愛せる世界へ」というミッションを掲げる企業で働いています。

20歳になる愛犬と元保護猫の黒猫と暮らす身としても、自分の家族の命も大切にされる社会であって欲しい。そう願い、課題があれば考え、検証し、歩み寄りたいだけです。

2024年年明けの能登半島地震からも1週間が経過し、次第に被災者の生の声を通し、悲惨でもどかしい被害が明るみとなっています。ニュース番組を変えても、世界中で深刻化する戦争の報道が行われています。

私も殺処分問題を始めとして日々社会問題に向き合う身として、まずは「知る」ことから支援や問題解決の道が開かれると思っています。

しかし、あまりにも自己投影しすぎたり、価値観が違って当たり前の意見を真に受けてしまうと、過度な心の疲弊を招いてしまうと実感した1週間でもありました。

人間たちが必死に必死に議論を重ねても、結局のところ人間とペットたちは共通の言語を有していません。なので、あくまでも議論は慎重にすべきだと常々思っており、今回は自分の頭の整理も兼ねてまずは現状課題や事例をベースに執筆してみました。

2024年の終わりに、1人でも、一匹でも多くの命が穏やかな気持ちで過ごせる一年になるよう願っています。

そして微力ながら、そんな一年や社会に全力で貢献を試みる年にしたいと思います。



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