ラジオの香りを運ぶ風
新しいはずなのに、どうして懐かしさを覚えるんだろう。
今にいながら、どこか昔の自分に戻ったかのような感覚と、未来の自分が一緒に聴いているような感覚。
それぞれの時間で聴いている番組も違えば、話しているパーソナリティーも違う。それでもふと懐かしの音楽が流れると、気持ちは数分間だけ昔に戻ることができる。
プチプチと心地の良いノイズを乗せたラジオをBGMに手紙を書こうと、ペンの上に置いた人差し指をトントンと鳴らしながら、頭のなかに次の言葉が浮かぶのを待っていた頃の自分。
頬杖をついて外の風景をぼんやりと遠い目で見ながら、ラジオを車で聴いていた頃の自分。
椅子に腰をかけて本を読もうとしながらも、昔の自分にふと思いを馳せる現在の自分。
窓のほうに目をやりながら、いつかそうしていたように、ペンの上で人差し指をトントンと鳴らしているであろう未来の自分。
あるいは、車を運転しながら、違う景色を横切りながらもどこかで見たような感覚と共に、遠い昔に思いを馳せる未来の自分。
過去。現在。未来。
ラジオはそのすべての時間軸をブレンドさせて、新しい今をつくりだす。
過去の感覚を呼び覚まし、未来の感覚をあたかも経験したものであるかのように想起させる。それは、今ではない今を生み出す魔法。
***
窓を開けて、パソコンもテレビもつけず、静かにiPhoneをテーブルに置く。
テレビはもうほとんどつけることはない。
パソコンとインターネット、スマホさえあれば暇つぶしの娯楽はいくらでも見つかる時代。
それでも、あえてそれらにべったり触れずに、ただラジオをつける。
少しだけ、昔の自分に戻る魔法をかける。未来の自分を垣間見る魔法をかける。
少しだけ雨と土の香りが残る涼しい風がカーテンを揺らす。
朝の澄んだ空気に、あの頃のラジカセの匂いがどこか乗ってきたような気がした。
ラジオの音だけがほんのりと響く、白い光で照らされた空間で本を読む。
時折、合いの手を打つように鳥のさえずりが間に入る。
「こんな静かな一日もたまにはいいな」と新鮮な空気を体に送り込みながら本を読もうとする。すると、不意討ちで流れた懐かしい曲に意識を引っ張られる。過去の思い出が体の奥底で熱を帯びて、ものすごい勢いで血管を駆け巡りながら目を覚ます。
一気に体が熱くなるような、それでいて、みぞおちのあたりがきゅっと締まるような感覚。これは懐かしさだろうか。その曲を初めて聴いた頃から過ぎ去った時間を想う侘しさだろうか。
「あぁ、これは読めないな」と諦めて本をテーブルに置く。両手を頭の後ろに組みながら体を背もたれに預けて、体は今のまま、過去にタイムスリップする。
数分間のタイムスリップを終えると、熱が体の奥底へと還り、また現在へと意識が戻る。
そして、現在に戻ったかと思えば、まったく知らなかった曲との出会いが唐突にもたらされる。どこかで聴いたことがあるようで、聴いたことがない。でも感性が求めている。イントロで心を掴まれた曲は、曲名を聞き逃さないように耳を澄ませる。メモ帳に控える。その曲を知らずに終えていた未来の可能性が、その曲を知っている未来の姿へと書き換えられる。
「あの時ラジオを聴いていなければ、この曲に出会うことはなかった」と。
テレビもパソコンもついていない。スマホもテーブルに置いたままのその静かな部屋には、音だけで描かれるシンプルな世界が広がる。
ラジオの音が響く空間に、新鮮でどこか懐かしい香りを運ぶ風。
それは過去からの便りだろうか。
それとも、未来からの贈り物だろうか。
一歩一歩、音を立てずに踏みしめるように流れる時間のなかで、過去と未来に思いを馳せながら、ラジオの"香り"を味わうようにゆっくりと目を閉じていった。
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