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18歳のわたしとVA-11 Hall-Aと

「一日を変え、一生を変えるカクテルを!」


ゲームソフトは数あれど、プレイした人の人生になにかしらの影響を及ぼすようなゲームソフトは数少ないように思います。

丁度いい機会でありますから、わたしの人生になにかしらの影響を及ぼしたゲーム、『VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)』について書いてみようと思います。




1.VA-11 Hall-Aとは

『VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)』は、いわゆる「ヴィジュアル・ノベル」に分類されるゲームで、タイトルロゴに「サイバーパンク・バーテンダー・アクション」と冠するとおり、バーテンダーが主役のゲームです。

時は西暦207X年、未来の都市「グリッジシティ」のバーテンダー「ジル」となって、バー「VA-11 Hall-A」にやってくるお客さんにカクテルを出したりだべったりする、そんなゲームです。

そんなゲームにどうして心を動かされたか、それはこのゲームの中心にある「お酒」が深く関わっています。



2.お酒は碌でもないもの

このゲームをプレイした当時、わたしは18歳で居酒屋でアルバイトをしていました。
日常的にお客さんにお酒を提供する仕事ですが、やはり働いているとお酒の負の部分というものも多く見えてしまうのです。

「結局の所飲酒という行為はあまりにも刹那的であるし、みんなアルコールに頭乗っ取られてるし、無理やり飲まされる人もいるし、『とりあえず生』って言葉は正直ダサいし、こんな碌でもないもの飲むのはやめとこう。」

だいたい当時こんな事を思っていたと思います、今は「碌でもない」とは思っていません。
(20歳になった今も「とりあえず」で一杯目に生ビールを頼むことについてはあんまりよくないと思ってはいますが。)

そんな中、プレイしたのが『VA-11 Hall-A』でした。

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3.「カクテル」という選択肢

先ほどこのゲームはヴィジュアル・ノベルだと申しました。
ヴィジュアル・ノベルというゲームはテキストを読んでいくタイプのゲームですが、ゲーム的要素として選択肢というものが重要な位置を占めます。

選択肢があるということは分岐もあります。普通のヴィジュアル・ノベルであったら、画面に選択肢が直接出てきます。

敵が出てきた!
 ▷1.戦う
  2.逃げる
  3.降伏する 

みたいな感じで、各選択肢ごとに別々のストーリーが展開されます。選択肢によってはゲームオーバーに向かったり。
バッドエンドもハッピーエンドも自分次第なのです。

しかしこのゲームの選択肢はひと味違って、とてもゲームの主題に近いところにあります。
すなわち、作るカクテルが選択肢なのです。

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バーとバーテンダーがいれば、お客さんがいます。そこには注文があって、バーテンダーは注文に基づきカクテルを作ることでしょう。

基本的に注文通りにカクテルを作っていれば問題はありませんが、そこはバーテンダーというもの。時々起こるイレギュラーにも対応しなければなりません。

曖昧な注文をされることは日常茶飯事ですし、明らかに未成年な子供がお酒を注文してくることもあります。
もし常連客が浮かない顔をしていつも頼まないようなものを頼んできたら、あなたはどうするでしょうか?

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もちろんプロのバーテンダーなので注文を間違えればお給料が減りますし、あまりにも間違えるとオーナーがすっ飛んできて帰宅(すなわちゲームオーバー)を促されます。

レシピやその説明文とにらめっこしてカクテルを選び始めたとき、わたしはわたしではなく、207X年のバーテンダーになっていました。



4.画面の向こうの人物の人生に没入するとき

ヴィジュアル・ノベルというのはその名の通り、テキストとキャラクターと背景が命です。逆にそれ以外がありません。
つまり、どこまで自分が物語の中に入り込めるかというのが、ゲームプレイの楽しさを左右します。


『VA-11 Hall-A』は成長の物語です。
その幅は広いけれど、苦しみながらも前に進む者たちがそこにいます。

社会という苦しい苦しい大海の中にいて忘れがちになってしまうけれども、一人一人にそれぞれの人生があって、一人一人にそれぞれの苦しみがあるのです。
それに構ってやるかは別として。

主人公のジルは一介のバーテンダーですが、しっかりと一人の人間として描かれています。
客の言われるがまま、手足となって奴隷のように働く従業員ではなく。世間話をし、お客の愚痴を聞くのが好きで、ある時のお客さんとは友達となり、振り返る事を恐れる過去がある……、一人の人間「ジル」がそこにいます。

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そうしたジルに入り込んだ時、目の前のカクテルを作る「ゲーム的作業」「仕事」に変わるのです。

そうしてそのような没入感の中に、『VA-11 Hall-A』カクテル前進のためのマクガフィンとして提示してくるのです。



5.一日を変え、一生を変えるカクテルを!

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冒頭でもあげたこのセリフは、毎日開店前にジルが復唱する言葉です。
ボスや同僚と少しだけ雑談し、ジュークボックスでプレイリストを作り、この言葉が響き渡ることでお客さんが来はじめるのです。

バー「VA-11 Hall-A」には多様なお客さんが来ます。
極端な例を挙げると、ハッカー、セックスワーカー、殺し屋……。また、脳、リリム(自律したアンドロイド)、コーギー……。
セクシャルマイノリティも当たり前にいるし、なんなら主人公のジルだってバイセクシュアルです。
そのため、このゲームは多様性の文脈でも評価がされます。

みんながみんな自分の人生を生きていて、それぞれにはそれぞれの生き方があって、交わるか交わらないかも運命次第です。
唯一つの共通点は、バー「VA-11 Hall-A」のお客さんだということです。
そして、カクテルが提供されるのです。他でもない、ジルの手によって。

一目見るだけならただのカクテルでしょう。
しかし、受け取る人によってそれはあらゆる意味合いを持ちます。

はじめの一杯、仕事終わりの一杯、取引の一杯、タダ酒の一杯、感謝の一杯、友達と飲む一杯、気がつくとそこにあった一杯、絶望の中の一杯、落ち着くための一杯、親に悪戯するための一杯、通りすがりに寄っただけの一杯、仕事前の一杯、一日を変える一杯、そして……一生を変える一杯。

カクテルによって人生が前進していくキャラクターたちの姿に感情を移入し、自身を投影し、没頭し、エンディング前の最後の一杯を作り終わった時、わたしはお酒に対する偏見が薄らいでゆくのを感じました。

「いいなぁ」って、思ってしまいました。



6.カクテルを出す時、またカクテルを出されている

私は現実によってお酒への嫌悪を持ち、フィクションによってそれを打ち消しました。
思えば変なことですよね、どこまでいっても現実は現実なのに。

思えばそれは、ひとえに18歳という年齢の起こす一種のマジックだったのかもしれません。

この時のわたしにとって、飲酒は知らない世界でした。つまりフィクションの世界に片足突っ込んでいたのです。
今思うとこれはとても恐ろしいことで、あと2年遅ければ、一生お酒に対しての偏見を捨てられずにいたということなのです。
一生の一部分を変えてもらったと言っても過言ではないでしょう。

カクテルを出すわたしは、画面を通して自分にもカクテルを出していたのです。
カクテルを出されるキャラクターたちは自分たちでもありました、みんな苦しい現実の中で頑張っていました。日本もグリッジシティも、変わらない人間の営みがそこにありました。

それがフィクションでも、関係はありませんでした。
一生を変えるカクテルは、18歳の自分の目の前に存在したのです。

時にはピアノマンとして、
時にはバッドタッチとして、
時にはビールとして、
時にはブリーディングジェインとして、
時にはブルームライトとして、
時にはブルーフェアリーとして、
時にはブランディーニとして、
時にはコバルトヴェルヴェットとして、
時にはクレヴィススパイクとして、
時にはふもふもドリームとして、
時にはフリンジウィーバーとして、
時にはフロシーウォーターとして、
時にはグリズリーテンプルとして、
時にはガットパンチとして、
時にはマーズブラストとして、
時にはマーキュリーブラストとして、
時にはムーンブラストとして、
時にはピアノウーマンとして、
時にはパイルドライヴァーとして、
時にはスパークルスターとして、
時にはサンシャインクラウドとして、
時にはスープレックスとして、
時にはゼンスターとして、

そして、時にはシュガーラッシュとして、存在したのです。

全部架空のカクテルだけど、そんなのはもはや関係なくて、
『VA-11 Hall-A』というゲームとして、たしかにそこにあったのです。



7.「最初の一杯」

時は流れ2019年11月、平成の残り香が消えようとしていた頃。
誕生日の12月1日まで1ヶ月を切ったものの、特に特別なことが起こるわけもなく、段々と肌寒くなっていく季節の中で「その時」を待っていました。

バイト先の居酒屋で、シフトがかぶった友達に言われました。
「誕プレ何が欲しいんや。」

「なんでもいい」とか「別にいい」とかいうと怒られるのは目に見えていたため、散々悩んだ挙げ句ダメ元で「GODIVA チョコレートリキュール」をリクエストしました。

すぐに「Amazonで注文したわ!待っててな!」と返ってきました。



11月30日はバイトをしていました。冬の入りを感じさせる、少しだけ手がかじかむ感じのする日でした。
仕事が終わる頃には日付が変わっていて、いつも服を着替える部屋に酒瓶が置いてあるのを見つけました。
これまた散々悩んだ挙げ句、帰り道で牛乳パックの小さいのを一つ買って、かじかむ手をポケットに突っ込みながら、サカナクションの「ティーンエイジ」を聴いて帰りました。

帰るとすぐに栓をあけていました。かすかに漂ってくるチョコレートの香りは、人生が新しいフェーズに突入したことを示唆しているかのように感じられました。
そしてグラスにリキュールを注ぎ、牛乳を注ぎました。
生まれてはじめて、自分に対してカクテルを作った瞬間です。


一日を変え、一生を変えるカクテルになることを、強く、強く願って。



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