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私とフィンランド03 | 妄想との再会
修行の旅に出ず、すっかり故郷のまちに落ち着いて暮らしている、物語が始まらないバージョンのキキになった私は、フィンランドに留学したいという気持ちは静かに胸の奥に仕舞い込んだものの、結婚後も相変わらずフィンランド熱をこじらせていました。当然食器はイッタラやアラビアを集め、フィンランドに関する書籍を片端から買い、意識せずともフィンランドに関するニュースは全てチェックしていました。
元々家具デザインの勉強などをしていた夫も、デンマークを始めとする北欧諸国のデザインに強い関心を持っており、感覚や価値観がとても似ていたため、私がひどいフィンランド熱をこじらせていることは夫婦間で全く問題になることはなく、2013年に2人で最初に旅した先はもちろんフィンランドとデンマークでした。
フィンランドで懐かしい友人たちと楽しい時間を過ごし、初夏のヘルシンキの光あふれる街並みを散策するうちに、夫がふと「こんな街で暮らせたら最高だろうね。」ともらしました。すっかりフィンランドへの留学などという“妄想”について諦め切っていた私は「そだね〜。(そんなことは無理だけどね。)」と気の無い返事をしながら、諦めた夢(妄想)がふと脳裏をよぎったことに気がつかないふりをしました。
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そして子どもが生まれた後、私の人生にある転機が訪れました。
夜泣きする0歳児に授乳しながら、夜な夜な制作した作品が世界5大ポスター展と言われている、ポスタートリエンナーレトヤマで大きな賞を受賞したのです。
3年に一度、富山で開催されるポスタートリエンナーレトヤマは、日本で開催される唯一の歴史と権威ある国際ポスターコンペで、当然その存在は知っていたものの、どこか遠い雲の上のキラキラした世界の人たちのもので、私とは無縁の存在だと思っていました。ところが夫が仕事で関わったことから、2015年に初めてトリエンナーレの作品を会場で見て、私の中で何かが動き出しました。
印刷物という限られた媒体を使い、デザインとアートの境目を行ったり来たりしながら、一見するとそうとはわからないように作者が仕込んだメッセージにハッとさせられたり、美しい表現に見とれたりと、それぞれの作品の魅力に夢中になりました。そしてなぜか自分もこのフィールドに挑戦してみたいという思いがムクムクと湧き上がり、2018年の応募を決意しました。
凄まじい倍率をくぐり抜けて入選しただけでも飛び上がるほど驚いたのに、初めての挑戦で賞までいただき、美術館から受賞を知らせる電話がかかってきた時には心臓が止まりそうでした。
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そして授賞式でお会いした国内外の著名なデザイナーである審査員の方々から私の作品について身に余る温かいお言葉を頂戴するうち、今の自分に強烈な違和感を感じ始めました。これまで考えてもみなかったことですが、今回評価いただいた自分の能力を、思う存分伸ばし発揮してみたいという思いが生まれ、それに刺激され、長い間眠っていた例の“妄想”が心の奥底から浮上してきてしまったのです。
授賞式が終わり、慣れないヒールを脱いで気が抜けた瞬間、「やぁ久しぶり!一緒に修行の旅に出ないかい?本当はずっと行きたかったんだろ?」とあの”妄想”が突然ニッコリ笑って私に語りかけてきました。
ハッと我に返り、「結婚し、30代にもなり、お母さんにもなって何をバカなことを!夢を見るのもいい加減にして。賞を頂いて褒められたからって調子に乗って、こんなのまぐれ!たまたま!偶然!はい、解散!」と自分への言い訳をたくさん用意し、不意に心の奥底からヒョコッと顔を出したソイツを後ろから角材で殴って気絶させ、コンクリートブロックをつけて胸の奥深くに再び沈めました。
そして次の日から、よくわからないけれど凄いらしい賞を取った市職員として何食わぬ顔をして生活していました。
その一年後、再びフィンランドの地を踏むまでは。
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