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見た目だけじゃわからない。そのひとの背景を知ることがどんだけ重要か。

これは、わたし自身に向けての発信でもあります📣
何度でも言います。昔わたしは、自分のことをあまり話さなくて(今でもだけど!笑)「何を考えてるのかわからない」「いつも笑ってるからちょっとくらいきつい言葉を使ってもヘーキ(なはず)だよね」と周りから認識されるようになったのです。

でも、いつも笑ってるからといって本当にそのひとは平気なのでしょうか。ただ、「今回は」我慢してただけなのかもしれないだけで。わたしも、似たような苦い体験をいっぱいしてきました。うまく言葉にできずに、崩れていく感情。それを理解してくれない(←他責的ですが)仲間達。

わたしは、『あること』があってから思いを言語化することが難しい・怖くなりました。「もう二度とあんな思いはしたくない」と考えるようになって。

報告や連絡、相談といった「仕事」に関することや、説明。コミュニケーションのマニュアルがあれば安心材料となって、テーマが決まってれば安全なんです。
でも、フリートークになった途端。

何を話したらいいんだろう、とか話し手にとって楽しいテーマって何なんだろうとか、心配事を抱え過ぎてしまって
それが「言語化できない思い」になるのです。

本当は、対面でちゃんと話をしたいし話せない自分が一番、もどかしいのです。

文章に書き起こすことは、一見難しそうに見えるけれど「さぁ、やろかー」と思えば誰にだって、できる。
話しながら考えをまとめるのは、誰にでもできることじゃない。わたしは、そんなふうに考えてしまうのです。

関わるひと全て。その一面だけが「全部」じゃない。
いつも笑顔でいるひとは,過去に何かしらの辛いことがあって。でもそれをひた隠しにして生きてるのかもしれないし。わたしのように「文章を書くのが得意」なひとがいたとしたら。

ただ文章を書き慣れてる、だけじゃなくて
話せない理由があってのことなのかもしれないし。

そのひとにならないと、真実はわからないし、完璧には理解できないけど。『相手を知る』って、そういう『見えないところを知る』っていう作業から始まるものなのかもしれない。

そうやって、「相手の見えない部分』に寄り添うことが、フラットで平和な社会をつくっているのだと思えてなりません。

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