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手話は福祉に分類されるものなの?

わたしは、疑問に思ったことを先にネットで調べることもあるけど、ほとんど書店で解決するほうだ。アナログに生きてきた時間を、デジタルで便利にしつつ、大切なところは残したい。

つい先日、書店に行って、ふと
医療・福祉関係のコーナーを見て回った。
普段は小説や自己啓発本を中心に、本を読んでばかりいるけど、その日は違う気分だったからそのコーナーに行って読み物をした。

疑問に思うことがあった。
「そういえば、医療関係のお仕事、介護とかはそのコーナーに分類されているけど、手話はなんで?」「手話通訳士ならわかるけど、単品で手話だけなら言語じゃないの?」と。

英語やポルトガル語、中国語、韓国語と同じように、手話もろう、難聴者にとっては言語なのに、聴者からすると「補助の道具」としてしか扱ってもらえていないことに疑問を持った。

これにも書いたけど、手話を声の代わりにしておしゃべりしている人がたくさんいて、わたしはそれが心地いいなぁ、なんて思ったし
何かを伝えたいときに「サポートする」「される」ってあんまり関係なくない? って最近特に思ってしまう。

自分の耳が難聴になってしまってからは特になんだけど、ずっと耳が水の中や、それなりに厚さのあるビニールにかぶさっているみたいなんだ。

だからいつも音が、声がくぐもって聞こえるし何度も聞き返す。

申し訳ないなぁ、って思いながら。

職場の友達やスタッフさんには本当に感謝しかなくて気持ちはいつも「ありがとう」なんだけど、福祉関係の職場だからこその悩みはある。

耳が、たとえ元に戻らなかったとしても
起きたできごとをどう捉えるかは決められる。

姫と呼ばれた16歳の時に事故に遭って
両足無くす経験をした底抜けに明るいユーチューバーさんも同じようなことを言っていたな。
なら、わたしもそっち側の人になろう。

悩む時もこれからありそうだけど、
その度に上向いて笑って。
イレギュラーなことが自分を成長させてくれると信じて、不安でも進むしかないよね。

今は「耳が治るなんてまた夢の話だよ」
と半信半疑で薬も服用してるけどー

本当に耳が元の状態になったら
また、友達とカラオケに行ったり、好きなアーティストのコンサートに一緒についてきて貰ったり、できること増えるのかな?


微かな期待を抱きながら、書くことで心を紛らせる。

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#書店でのできごと #手話も言語のうち
#葦原みゅう #葦原海

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