リリのスープ 第二十一章 あと5組!

リリたちの出番になる前には、あと五組の試食が終わらなければならなかった。
会場では、試食を待っている人たちでごった返していた。


100名分の皿に、盛られていく料理を、人だかりが見守っていた。
ステージでは、審査員たちがおのおの食事を済ませるとシートに書き込み評を分けていた。
ステージからは司会者が、盛り上がりをあおってマイクを離さなかった。
ステージの下に設けられた特設のテーブルの上には、100名分の料理が並べられ、それを順番に出場者が手渡しでお客さんに配る。

5組前のスージーというおばさんは、自慢のパイを配っていた。
彼女は、大会にここ二,三年出場している独自のファン層が出来てきている人で、お店である彼女のパイ屋さんも売れ行きを伸ばしていた。
60手前くらいの彼女は、少し小太りながらも、割腹のいいお腹と体格に巻いたエプロンがかわいらしく、歩くたびに身体とスカートがゆれていた。
笑顔をたやすことなく100人全員に配り終えると、ステージから去っていった。
テントに戻ってきたスージーは、リリたちをみて、すこしウィンクすると
「あついわね!今日のお客さんも大変そうだわ」
と笑いかけてくれた。
ナディンとリリは、彼女の笑顔に励まされた思いがした。
次の出場者は、男性だった。料理人らしいプロの雰囲気を漂わせていたが、スージーのときとは違って職人らしい独特の雰囲気を持っていた。
彼の作った料理はピカタのようなものだった。何か香辛料でフライにしたものを皿に分けていった。若い男の子が二三人いて彼の料理のとりわけをサポートしていたが、そうじゃない!と叱責して独自のセンスを並べたい彼には、腕に自信のある職人気質の気難しさが表れていた。
料理を配るときも、自分の料理を堂々と目の前の人に配る姿が、お客さんに自分の料理を突きつけているようでもあった。
俺の味をみてみろとでも言うように、まるで目の前の客のことをみていない様子が、先ほどのスージーとは対照的だった。

次の出番は、老夫婦だった。
お互い白髪頭で、ニコニコと仲のよさそうな彼らは、隣町でお菓子屋さんを営んでいた。老舗のお店らしかった。
何十年も続いていて、世間に名前も通っているお店のようだったのに、二人の様子は構えた様子もなく自然体で、まるで夫婦で買い物にでもきたというくらいの穏やかさだった。
料理は、夏の暑い時期なので中に果物の果実を入れたゼリーを用意しましたと奥さんが伝えると会場からは、歓声があがった。
自分たちのことだけでも大変なのに、この会場の暑さや天気のことまで考えられる二人の落ち着きようをみて、ナディンもリリも心が温まった。
お皿に綺麗にゼリーをとりわけていく旦那さんの手つきをみると熟練した職人の技を持っている人だとあらためて感じられた。
それまでの和やかさとは打って変わって、手馴れた手つきと、手際のいい奥さんの盛り付ける様子、旦那さんと息の合った姿をみると、長年つきあってきた二人の歴史が垣間見れるような気がした。
ニコニコとお客さんにゼリーを渡して、100名すべての人に配り終えると二人は、エプロンを取って首や肩の汗をふき、ふ~と笑いあっていた。
会場からは、ごちそうさまや、ありがとうの声が聞こえ、二人は手を振って壇上から降りてきた。
会場にいるいろんな人たちが彼らを支えて、彼らもお客さんに応えて長い間お店を営んできたのを感じた。
ナディンは、彼らのお客さんやお店に対しての姿勢を尊敬し、リリは二人連れ合って長い間営んできた時間の大きさを考えていた。
何にもなくこんな素敵な夫婦ができあがるとは思えない。長い時間連れ添うだけでも、ましてやお店をして一日中一緒だったら、なおさら。
きっと、彼らみたいな夫婦は特別なんじゃないんだわ。
誰でも特別な素質をもって、その一緒にいる長い時間の中で育まれるものの大きさが、歳月の後に残るんだわ。
二人の穏やかそうな顔をみて、ナディンとリリは自分たちの将来もこうであれたらいいと思えた。


次は、ジョシュとシンだった。
彼らが用意したパイは、すでに時間もたっていて暑さも合わさってか、少ししんなりしているように見えた。
シンは、エプロンをしててきぱきと皿に盛り付けようとしていたが、ジョシュは大きなトレイから皿に移すまでに、手元が狂って何個かパイを落としたりした。
そのたびに、シンもはっとして、皿を落としそうになるなど、二人の緊張感は、ステージの袖にいるナディンとリリにまでありありと伝わってきた。

「かわいそう」

リリが口をついた。ナディンも若夫婦をみてそう思ったが、今更どうすることもできないのだから、がんばれ!と渇を入れるような年配者のように見守る気持ちの方が大きかった。
何個かパイを落としても余分に作ってきただけあって、緊張で震える手で、100名の客に配っていた。
ステージ下では、会場のスタッフも手分けして料理を配っていく。
全員に料理を配り終えたとき、二人はあからさまにホッとして力が抜けた様子がみてとれた。

ナディンもリリも彼らに拍手を送り、ねぎらいの言葉を掛けてあげた。
すると、シンは涙ぐみ、大きな仕事を無事に終えられたことへの深い安堵と、不安と緊張から解放されたことの安心感が、二人の顔をみたとたんあふれてきたのだった。


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