リリのスープ 第十九章 興奮

その日、大会会場は熱気に包まれていた。
ナディンたちは、知らなかったが、その大会は、この辺の州一帯が、スポンサーを募り、独自のスポンサーチームを作って出場者をサポートしている団体もあるらしく、毎年出ている参加者の中には、優勝を惜しくものがしても、独自のファン層を作って年々力をつけ肥しにしている参加者もいるようだった。


会場は、海風も届かない大きなシティパークだった。
外周は4キロほどになる大きな広場の真ん中に、テントが何個もたち、その中で参加者が仕込準備をしていた。
そして、控え室のテントには、ナディンやシンたちのようなすでに仕込が終わって順番を待つものたちが、出番の前の大道芸のようにあちこちに座ってそれぞれ自分たちの物思いにいそしんでいた。
ナディンたちが、座っているテントの隣のテントでは、市民代表となるサポーターたちが集められていた。

 彼らは、点数は、一般客と同じように一人一点ずつ与えられていたが、その料理の美味しさ、感想などをコメントをよせるために、集められた、言わば『市民の舌』だった。

辛口で定評のあるジェンカおばさんもいて、この人は、毎年この会場にきては辛口な『市民の舌』としてどの参加者にも辛らつな批評をすることで有名だった。その批評をきくために集まる人もいるほどで、その人がステージにたつのを待ち望んでいるファンも多かった。
ナディンたち四人は、外の様子をなるべく気にしないようにつとめていた。
自分たちの順番が回ってくるまでは、自分たちは蚊帳の外にいておこうと決めたのだった。

しかし、リリだけは、外の様子が気にならずにはいられなかった。
時々、テントの外を覗いては、何も言わずにかえってきた。
ナディンやシンもその様子が痛々しかったが、どうすることもできなかったので、あえて話題には触れずに別の話をして、リリの様子を無視した。
それは、女同士のやさしさの一つだった。
リリは、外の様子を眺めているうちに、自分がこれまでこんな想いで家族を待ったことも、探したこともなかったことに初めて気づいた。
私は、子供たちにもしかしてこんな想いをさせてしまっていたのかもしれない。
自分の不在を、彼らが同じような想いで過ごしたのかもしれないことを想い、胸がぎゅっとつまるようだった。
デイは、きっと滞りなく、子供たちの世話をし、立派に育てていたことだと想う。
リリは、自分がおらずとも、子供たちは成長していくこと様子を想像すると、憂さからやきもきして出た今回の自分の行動や騒ぎも、すべて独り相撲のような気がしてきてしまった。
テントの外をこんな気持ちで、眺めているなんて、なんて惨めなんだろう。
ここにきて、リリは自分の小ささを感じ始めていた。


天気は、昼になるにつれて気温が上がっていった。
会場の熱気とあいまって、その年の最高気温を記録しそうなほどに、あつい日になりそうだった。
テントの外では、参加者がうなぎのぼりに集まり、どんどん上昇してゆく夏のあつい日差しに帽子や、タオルをかぶり、そして水を浴びている人もいるくらいだった。
今回の出場者とは別に、会場入り口のパークの端では、屋台のテントが数件出ており、ドリンクや軽食、そしてアイスなどが売られていた。
参加者の中には、出場者の出番をまつ間に、お酒を飲んだり、ホットドックを食べたり、すでに宴会のように飲み始めているグループもいた。
大人たちが盛り上がっている横では、水のみ場で、水遊びをしたり、アイスを食べて騒いでいる子供たち。

リリはそんな様子をみながら、あつい日差しが、だんだん自分の気持ちのこともあつくしてゆくのを感じた。
自分には、今やることがある。
その目の前のことを、やるべきなんだ。やって貫こう。
頭がぼんやりしてくるような暑さの中で、あれこれ考えるのは難しくなり、テントの外をみるのをやめた。

ナディンやシンのところに戻ってくるのをみて、三人とも、リリを受け入れた。何も聞かずに、今日の大会の健闘をお互いがいい合って、あとは、たわいもない話に花を咲かせたりした。
自分たちにできることは、何もなかった。
ただ、名前と番号を呼ばれるまでは。


それは、突然やってきた。
「13番、チキル町からやってきた、オミーナ夫妻!!」

名前を呼ばれ、シンとジョシュは驚いて立ち上がった。
二人は、関係者に呼ばれてテントを出て行くと、ナディンとリリも一気に緊張感が高まった。
出番は、すぐではなく、一旦隣のテントで、料理の最終チェックを受け、参加者に配れる状態にあるかどうか、判定を下されてから、ステージに行く。
ステージでは、その年の出場者たちを待つ『市民の舌』とスポンサー、そしてインタビュアーが待っているのだった。
出番は、思ったよりもたんたんと進んでいた。
もっと、一組ずつ盛り上がるのかと思ったが、そうではなく、会場入りした100名に食べさせるまでが長い道のりで、ステージにいる間は、まだ一般客は試食できない状態であった。
だから、出番がやってきても、ステージの彼らに試食してもらうだけで出場者全員の出番はすぐに終わり、その後100名分の料理の準備にとりかかり、ステージの下で配っていくのだった。それが大会での大きな盛り上がりだった。

その後、ナディンとリリが呼ばれたときは、二人とも腹をすえてテントを後にした。


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