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新しい世界の作り方 [ 石橋敬三 "朝日ハノボル" ]

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この記事は音楽と言葉を結びつけようとするものです。
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 学生の頃、マンドリンという楽器を弾いていた。今回のテーマ曲で用いられている楽器だ。

 楽譜も読めなかった僕だったけれども、文学を学ぶ傍ら、必死に練習を重ねて、コンサートマスターを務めるまでになったりした。
 (マンドリン経験者が居なかった、というところが大きかったのだけれども)

 そんな大学時代、僕が常に目指していたのがこの石橋敬三さんだ。

 マンドリンは複弦楽器である。弦は全部で8本、それは2本で一つの組を成し、それが4セット存在する。
 弦の張りはギターなどよりもずっと強く、初めてマンドリンを弾こうとする人は、大概が弦を抑えきれずに音が歪んでしまう。

 だから、という訳でもないのだけれども、マンドリンでソロ演奏を行うのは、とても難しい。
 マンドリンの合奏を行う人は数多く存在するけれども、マンドリンのソロ演奏を行おうとする人は、あまりいない。

 そんな世界の中、難しさを物ともせずにソロマンドリンに挑み続けているのが、石橋さんだ。


 朝日ハノボル。

 冒頭のハーモニクスは軽やかな音でありながら、その音の余韻は水面の波紋のように、確かに僕たちの心に波を起こす。

 続く音は歯切れの良い爽やかなストリング。リズミカルに奏でられるその音は躍動を思わせるが、けれどそこに汗の匂いはしない。
 どこまでも爽快な行進。ある種の文学に見られるような、理想的とも幻想的とも言える雰囲気が醸される。

 一度、この曲は潜行する。主音が除かれ裏打ちを主軸として進むこのパートには、前半に見られたような、どこまでも続く空の気配はない。
 けれどもここでも、その歩みは止まっていない。
 海の底、あるいは空の底で停滞している今、しかしその足音は確かなリズムで、しかも徐々にAllegroに、Crescendoに打ち鳴らされていく。

 そしていずれ音は、今までよりもずっと高いところに到達する。

 今いるところも確かに美しい。
 けれどもさらに高いところに上り詰めたとき、そこにはもっと美しい景色が広がっているんだと、音は語る。

 そこから先の物語を、この曲は語らない。ここにある他の美しさは君の手で見つけて見なよと言わんばかりに、爽快なカッティングで、終演。


 音楽自体もとても素敵だ。けれども、僕がこの曲を気に入っている理由のもう一つは、この曲がマンドリンのソロで演奏されているということだ。

 マンドリンをやったことのある人ならわかると思うけれども、マンドリン一台でここまで見事にメロディラインとベースラインを一度に表現するのは、とても難しい。それを、石橋さんはさらりとやってのけてしまっている。


 独奏というのはある意味、一人で一つの世界を作ることだと思う。
 そして戦う場所が難しければ難しいほど、その世界の魅力は増していく。

 いつか一人の力で世界を作り上げてみたい。
 これは、人にそう思わせてしまう魅力を持った曲だと思った。


ムーン・ラビット
石橋敬三
 

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