「今日こそ勝ちたいな。」

息子は学校の体育で今、ベースボールをやっている。
それは、私たちが知っている一般的な「野球」とは違って、1チーム6~7人のグループでちょっと大きめ(ハンドボールくらい?)のボールを使用するらしい。

1ヵ月前、
「今日、ベースボールのグループ分けをしたんだけど、僕のチーム、僕以外みんな女の子やねん。」
またか……
男女平等教育はわかるんやけど、それってほんまに正しいのか?

息子が説明してくれた、チーム分けの方法はこうだ。

38人クラスを、1チーム6~7人、6つのグループに分ける。
まずは、自己申告した野球経験者を均等に6つのグループへ。
その後、他の子供たちに、それぞれ好きなチームに自分の名前を書いてもらう。

この「野球経験者」には、野球チームに所属して毎週トレーニングをつんでいる子供はもちろん、うちの息子のように、家族とたまにキャッチボールをしたことがある子供も含まれている。

チームに所属している子と、年に数回キャッチボールをしたことがある子を同じ「野球経験者」として扱うのは無理がないだろうか。
母親歴16年の私は、頭でいろいろなことを想像しがら彼の話を聞いていた。

「今日の相手チームには、野球経験者が2人で、女の子はチームに一人だけやってん。
僕のチームな、誰か打っても、みんな走らへんねん。走るように教えても、左側に走る子もおってな……」
ごめん…… それ子供のころの母ちゃんだ…
「それくらい、野球のルールまだ知らんから、大差で負けたんだよ。」
そりゃ、そうだ。
ここで言う「野球経験者」とは、野球がどのくらいできるかということではなく、野球のルールをどのくらい知っているか、ということだったのだ。

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この日から、全6チーム、総当たり戦が始まった。

「いっぺんに全部教えても、みんな覚えれへんと思うねん。」
私は自分の子供時代を思い出しながら、彼にアドバイスをした。

「とりあえずさ、次の試合で、何かひとつみんなに教えるとしたら、何を教えたい?」
「そやなぁ…… まずは、味方が打ったら走る!これかな。
 だって、走らな点数入らへんから」

良い選択やと思った。
彼らの体育の授業では、攻撃の順番になったら、最初からすべての塁に選手がたつらしい。
ホームベースの近くにカゴが置いてあって、そこに相手チームがボールを入れる前に、こちらがホームベースを踏めば1点入るというルール。
確かに、走らないと点数は入らない。

「よし!じゃぁ、次は『誰かが打ったら走る』をみんなでやってみ!
 点数が入ったらじゃない、みんな走れたら合格や!」
「うん、言ってみる!」

なんとか彼の気持ちが萎えないように、楽しい会話ができたと思う。
その日から息子が体操服姿で学校に行く日は、帰宅後にどんな話が聞けるのかと、いつも以上に楽しみだった。

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それから2週間たったある日。
いつものように玄関を開けるとそこに、「ただいま」も言わずに満面の笑みで勢いよく話し出す息子がいた。

「お母さん!今日初めて、同点になってん!」
ど……同点!? 同……点……か。

いやいや、私は「同点で喜ぶなよ!」と厳しいことを言うつもりはない。
「その顔は勝った時の顔やろ」って言いたかったんやと思う。

だけどすぐに「同点」が「勝ち」に匹敵するくらい、ここまでの道のりは苦しいものやったと、この後すぐに知った。

6チーム総当たり、全5試合。
・見方が打ったら走る ・状況がわかるように声を出しあう
・両手でラケットを持つ
こんなことを提案しながら、彼なりにチームを引っ張ってきたけど3連敗だったらしい。

4試合目、同点引き分け。
やっと、追いついた!っていう気持ちやったんやと思う。
「負け」ではないことに、なぜすぐに気づいてやれないのだろう……。

「次で、最後やねん。最後ぐらいは勝ちたいな。」
自信なさげな顔で、息子はぽつりと言った。

何を言ったらいいんや、こんな時……
お母さんって、何を言うもんなんや?
「そやな……」
言葉に詰まった。

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ところが、私が母親として何か気の利いた言葉を探している間に、彼が先に今までの4試合を振り返り、分析を始めたのだ。

「最初に戦ったチームは、野球経験者二人やってんけど、
 一人は少年野球行ってて、教え方もうまかってん。
 チームで一人しかいなかった女の子は未経験者やったけど、
 すぐに打てるようになって……」
「僕のチームは、ラケットも片手で持ってしまう子ばっかりやった。
 『打ったら走る』も知らんかった。
 でも、今はみんなできるようになってきたんやで。」
「一番の強敵は最初に戦ったあのチームやと思うねん。
 他は、ミスさえせんかったら、っていう惜しい試合もあった。
 僕らはちょっとうまくなったし、
 他のチームもみんながうまいわけじゃないし……」

たくましいな。
「そやな、戦う前から『勝ち』をあきらめたらあかんな。」
息子に向けたそのメッセージは、自分に向いてたような気がする。

この野球では、バットのかわりにラケットを使う。
それを息子と同じチームの子たちは片手で持って打とうとしていたらしい。
力が弱くて飛距離が伸びないと言う話を彼からずっと聞かされていた。
体育の時間を見たわけじゃないけど、最初のチーム分けの時からなんとなく、息子のチームは勝てない気がしていた。

息子はずっとがんばっていたのに、どうせ勝てないだろうと決めつけていた私は、しょうもない人間だ。
コツコツ頑張る息子の話を聞きながら、上辺だけで応援していたにすぎない。
たかが体育の授業。
何日かすれば、別の競技になるやろうくらいにしか思ってなかった。

「最後まで、あきらめんと戦うんやで!」



「あぁ…… 今日体育や。今日こそ勝ちたいな。」
今朝、息子は体操服を着て登校した。
最後の試合を終えて、今日はどんな顔をして帰ってくるだろう。

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どんな顔で帰ってきても、最後は晴れやかな気分になるような、今日はそんなリビングにしてあげたいな♪
私も、がんばろっ!

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