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人間って、案外カンタンには死なないんだな~目覚め編~

緊急手術

気が付いた時に私はベッドの上にいた。視界に入ったのは病院の無機質な天井の模様と、かすかに聞こえる看護師さんの声だった。

看護師さんの声よりも、けたたましく鳴る生命維持装置のアラームと、誰か分からないおじさんのうめき声で目が覚めても、体が岩のように重たくて痛い。

『生きているって、つまりはこういうことなんだ』と他人事のように思っていた。声を出そうとしても、誰か分からないおじさんのようなうめき声しか出ない。

「気が付いたんだね、良かった」

私のうめき声が、看護師さんにも届いたらしく、状況が分かっていない私に対して、「今朝、緊急手術になったの覚えている?今は、集中治療室の中だよ」という、看護師さんの声が天使の囁きに聞こえた。

看護師さんの声を聞いた途端に、昨日から今日の朝までの記憶が、途切れ途切れでフラッシュバックみたいに蘇ってきた。

『そうだ、私は入院してたんだ。今朝になってお腹に穴が開いたんだった…』

昨日の夜は夜通しお腹が痛いまま、記憶も所々しか残っていないのだった。色んな痛み止めを使ってもらっても、寝返りも出来ないくらいの激痛で、夜勤の看護師さんが何度も来てくれたのは覚えている。

ほとんど眠ることも出来ないまま明け方になって、眠たくなったのか気絶したのかも覚えていないけど、朝食後に主治医と看護師さんに強めに肩を揺さぶられて、目が覚めてからは物凄いスピードで話が進んでいたように思う。

目が覚めた私を見て、主治医は「ヤバいな…」と言った後に、看護師さんに早口で指示を出していたが、私は少し目が覚めただけで、またすぐに意識を失ってしまったらしい。

主治医が帰ってすぐに、看護師さんが来て採血をした後で、CTの検査をするのに、私は最後の力を振り絞って、激痛の中で車いすに乗って、CT検査に向かって力が尽きた。

「ごめん、お腹に穴が開いちゃってる」

CT検査が終わった後に、いつもは外来に降りているはずの主治医がもう一度来た時には、その言葉に返す言葉もないまま、目の前が真っ暗になって、涙が出た。

いつもは人前で泣かない私の様子を見て、主治医は私のベッドに腰掛けた。

「あな・・・」と一言だけ言って、私は子供みたいに泣きじゃくった。

同時に、妙な安堵感もあった。今まで入院しながら色々な治療をしても、採血の数値も体の調子も悪かったのには、ちゃんとした理由があったからだったんだと、不思議と合点がいった安堵感だった。

「これから外科に移って、手術になるからね」と言われた後で、色んな看護師さんに囲まれながら、手術室へと向かったんだと思う。

そこから何分経ったか、何時間経ったかは覚えていない。強力な医療用麻薬の鎮痛剤で、手術の一番前の記憶は、視界に入ってきた泣き顔の家族の顔だけだった・・・。



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