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電車とハナグモ

こちらに引っ越してからの一時期
電車通勤していた。

長閑な3両編成にお客さんは、程よく乗っている。
時間帯によっては高校生で賑わっている。

私はなるべく端っこの席を選び、窓の向こうの田んぼや山を眺める。

流行り病の影響で窓が少し開けられていた。
心地良い空気が外からやってきて、私はとてもいい気分で電車に乗る。

引っ越す前の人口密度の高い電車は最悪だった。
都内ほどではないけれど、あんなにギュウギュウに乗っていたのでは、流行り病関係なく具合が悪くなる。バニラとココナッツの香りさせてる奴許すまじ……。(最近いない気がする)


さて、窓が開いている田舎の電車は人間以外の乗客が多いのである。

小さな虫達だ。

だいぶ前に、電車で出会った虫と一緒に電車を降りた話を書いた。

今日は別の話。

小さな虫と私の、ほんとうに小さな些細な話。

それはある日の出勤時。

電車のドアが空いて、腰を下ろしホッとする。
電車の中はクーラーが効いていて、火照った肌に気持ちいい。
窓が空いているので、寒くなりすぎないのも心地良い。
のんびり深く腰掛けて、何気なくシートを見た。
緑色のシートと同じ色の乗客がそこに居た。

(あら……)

綺麗な緑の足をよいせよいせと動かして、小さな蜘蛛が私に向かってきていた。




私は蜘蛛が好きだ。そして、緑の蜘蛛は特に好きだ。 

幼稚園でもらった季節の図鑑に載っていたハナグモが白い花の上で真正面を向く構図の写真。

可愛い8つの目、綺麗な透き通る緑色の体。
写真もとても良かったのだろう。
まるでファンタジーな絵本の世界のように、その蜘蛛は写っていた。

私はそれを見たとき胸がトキメイたのを覚えている。

『なんって!!可愛いんだろうっ!!』

それから私は、緑の蜘蛛は特に好きになった。
因みに、一番好きな蜘蛛はユウレイグモである。
あの子達と一緒のお風呂タイム(実家のお風呂場に巣をはっていた)は最高であった。が、その話はまた別の機会に。

さて、電車の中に話を戻そう。

このままではハナグモ(いや、もしかしたらツユグモかもしれない)が私の太ももという山あり谷ありコースを歩むことになってしまう。私は別に構わないが大変そうだし、次の駅で誰か乗ってきたらマズそうだ。(大抵の人は蜘蛛が自分の体の上を横断するのを許してくれないだろう)
だからといって私が退いても、気づかない人間に潰されてしまうかもしれない。

(うーん…)

少し考え、そっと手を伸ばす。
本当は、あまり人間的気持ちで手助けせず運に任せるのが自然だとおもっている。

でも…気になるのだ。
緑の蜘蛛贔屓かもしれない。

蜘蛛は敏感な虫だと思う。
私の手の手前でビクッとして止まった。
そのまま優雅に歩き続け手の上に乗ってほしかったのだが、そうはいかない。
ハナグモは考えるようにジッとして、しばらくするとぴょいっとシートを降りた。

(おやおや…)

私の『手タクシー』はご乗車していただけなかった。
よく見ると下のあみあみしたところを中側から進んでいる。

これなら人間に潰される率は低いだろう。
私は少しホッとして、窓の外の景色を眺めた。

この時、私は手タクシーに乗ってくれたら次の駅で外に降ろすつもりだったのだが、案外電車の中はご馳走だらけなのかもしれない。外敵もほぼ居ないし居心地が良いのかも。


というのも、別の日にも緑の小さな蜘蛛と隣の席になったのだ。

電車通勤の間、何度か緑の小さな蜘蛛と出勤した。
これが私と蜘蛛の、ほんの短い、蜘蛛からしたら何でもない、とっても些細な、楽しい時間の話。


田舎の電車は虫が多い。
そもそも、外も虫だらけである。
嫌いな人からすると、とんでもないことだろう。
けれど、私は虫が好きなまま大人になった。
小さな虫達の動きは面白く、そして驚くほど美しい。仕草が可愛い。

私にだって苦手な虫はいる。
ただ、嫌いな虫はいない。

どの虫も面白い。
素敵なところがある。
そう思っている。


洋服にいつの間にか付いた小さな小さな名前も知らない蜘蛛に「お店ついたから降りて~」と話しかけ指に乗せたが、蜘蛛があまりの軽さに飛んでいってしまった今日。
ハナグモと電車のあの時間を思い出して、ニッコリしたのだった。






サポート設定出来てるのかしら?出来ていたとして、サポートしてもらえたら、明日も生きていけると思います。その明日に何かをつくりたいなぁ。