見出し画像

忘れ物を取りに家に走ったことはありますか?

※私が心の中に残している子供の私の感覚でなるべく書いているものです。
ところどころ幼い文書になっていますが『そういうもんかー』とお読みください。

何があったわけじゃなく、なんとなく思い出して書こうというときがあります。



小学校6年生の時のことは、楽しい思い出もそれなりにあるのですが、嫌な思い出も同じくらいあるのです。

私が小学校5年生の時、あまりに問題が勃発して担任の先生が6年生のときにかわりました。

子供だったから、上手に立ち回れなかったけれど、今ならわかります。

6年生のときの担任の先生はモラルハラスメントです。

不思議の国のアリスに出てくるハートの女王そっくりな人です。

通っていた習字教室に来ていた別の学校の先生が「私はあの人の態度はどうかと思うよ」と話してくれた時、何も言えなかったけれど心の中では『そうだよね。私も同じことおもってる』って思っていました。

あの1年間にあったこと以外にも、先生との衝突というか、行き違いが多かったので、そういうことはあまり話しません。

頑張ろうと思って、やってみようと思って、でも頭が悪いからやりきれなくて、上手くできないなって自分でも思うから、先生が怒るのも仕方ないところがあるんだって思っていました。


新学期になって、私達がまず先生からされたのは「そうじ場所の説明をクラス全員が先生のあとについていって聞くこと」でした。

どういうわけかというと、私達は5年生の時そうじをきちんと出来ていないということでした。
確かに掃除の時間に遊んでいたので、それはいけないことだったと思うけれど、クラス全員を引き連れて掃除場所の説明をして、職員室にいる他の先生達に「この子達は赤ちゃんなんでぜーんぶ説明してあげないと出来ないんですよ」って笑ってた事は嫌だなって思っていました。

恥をかかせて教えるのは、普通なんですか?
そんな方法を使っている人は先生でも、その他の大人でも、とても嫌な人です。


でも、そんな感じで、何をやってもそうやってされて、頭のいい子から上手な態度をとるようになっていきました。
先生はたぶん、自分の手柄でクラスの雰囲気が変わったと思っていたと思います。

今思えばアレは支配で、頭のいい子は従うふりをしていたけれど、頭の悪い私は頑張ったり、従ってみたり、反抗したりで大変でした。


忘れ物は大変でした。

先生の机の前に行って報告しないといけません。
ちなみに謝っても「謝ってほしいわけじゃない」と言われ、困ってしまいます。
忘れ物はいけないことだから謝っているのに、謝る以外になんて言ったらいいのかわからなくて怖かったです。

(あの教室には忘れないこと以外の正解がありませんでした。)

たしかに、準備できない私が悪いと思います。
けれど、忘れてしまうことは人間だからあると思います。
でも、それは言い訳だから、どうしたらいいんだろ?

他の子はお母さんが忘れ物を届けに来てくれたりするけど、私は電話をしたら怒られます。
名札も無くすとすごく怒られるので怖いです。

音楽のファイルを忘れたことがあります。
音楽の先生は優しいから「次は気をつけてね」って言ってくれると思うけれど、担任の先生に忘れ物の話をするかもしれない。
そう思うと胸がドキドキして、私は昼休みの間にコッソリ走って忘れ物を取りに行きました。
家までは歩くと10分くらい。800mくらいあります。
昼休みは15分だから、走れば間に合う。
友達は「気にし過ぎだよ」「忘れたって言えばいいよ」と言ってくれたけど、怖かったから走りました。
家には爺ちゃんと婆ちゃんがいて、お店をやってるので取りに戻ったことはバレちゃうけど「忘れ物した!」「取りに来た!」と言ってすぐに戻りました。
婆ちゃんにはきちんと準備しないからだと言われました。

凄くゼェゼェしたけど、忘れ物じゃなくなって凄くホッとしました。
けど、結局クラスの中に忘れた子もいて、やはり音楽の先生は怒らなくて『ちょっと、そんしたなー』と思いました。

忘れ物しないぞって思っていても忘れてしまうことがあります。
心臓がドキドキします。

そういうのの繰り返しで、今も忘れ物は怖いです。
でも大人になったから、誰かからこっそり借りたり、お金を払って買うことができるようになったのでドキドキすることが減りました。よかった。



大人になった私は思う。
あの教室は異常だった。
いい面もあったけれど、パワハラとモラハラの掛け合わせみたいなことを先生にされていたのだと大人になって理解した。

今の私の雰囲気や言動には少ない、純粋な正義感だとか、そういうのに満ちていた私は、そういう大人との相性が悪かった。
良く言えば子供らしく、悪く言えば世間知らず。
そんな子だった。 
子供の自分の行動や言動に顔から火が出そうな、そういう場面がいくつもある。
やり方が下手くそすぎるのだ。

考えていることの根本は、今の私に通じているし、今の私だって同じこと考えるよって思うけれど、立ち向かい方がとにかく頭が悪い。笑

時代もあると思う。平成の『先生』という職業の人達と何処までも相性が悪かった。
小学校も中学校も先生の行動や発言に『???』となり、私はそれを黙っているような子ではなかった。
しかし、ひとたび言葉に落とそうとすると、私はうまく説明が出来なかった。

大人の全部を恨んではいないけれど、大人も信用出来ないんだなと何処かで思っていた子どもだった。

当時も探せば、もっと逃げ場はあったんだろう。
話を聞いてもらって、向き合い方を学ぶことも出来たのだろう。

けれど、子供の私には見つけられなかった。


カウンセリングルームへ行くという選択とか
保健室に行くという選択とか(保健室は行くと怒られていました。私は見た感じは健康なので)
そういうのって自分で気がついて行くの大変だと思う。

今は親も、子も、先生も選択肢がたくさんあって、助けの手も少しだけ見やすくなったように思います。
それでも『そんなことくらい』という気持ちになる事はある思うし、上手くいかなくて相手にイライラしたりすることもあると思います。 

大体のことは、やれなかったらやらなくてもいいし、忘れちゃっても大丈夫だし、追いつかなくてもいいし、上手くいかなくて悩んでもいい。


親も、子供も、先生も、その他の人達も、その事に気がつけますように。

大人の私はそう思います。
いつか、あの6年生のときの事とか、他にもあったこととか書きたい。
書けるときに書こうと思っています。





サポート設定出来てるのかしら?出来ていたとして、サポートしてもらえたら、明日も生きていけると思います。その明日に何かをつくりたいなぁ。