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一場面物語『サイドᗷ +』ふみ


「ふみはさ、俺のことちゃんと好きじゃん。」

資料をとめる作業を黙々こなしていた私の向かいに座った司はそんなことをいう。
私はチラッと、顔を上げて司を軽く睨む。

「俺の顔がどうだの、なんだのじゃなく、俺のこと好きでしょ?」

まるで独り言のようにそう言う。
私は作業する手をとめることなく、その、独り言に応える。

「うん」

「だから、ふみがいいんだよ。」

私は軽くため息をつく。

「とんだ告白だ。」

司はいつもこうだ。
自分がそうするって決めたことは意地でも通そうとする。
断り続けて半年。
この男、諦める事を知らないんだ。

「俺、かっこいい?」

楽しそうな顔して、無邪気な顔して、唐突にそんな質問をしてくる。
本当、ムカつく。
ムカつくけど応えてあげる。
きっと他の人は決まりきった答えしか言わないから。

「あんたはイケメン。」

「……。」

「そんで、かっこ悪くて可愛いやつだよ。」

そう言ってとめきった資料をトントンっと纏める。
外では野球部が頑張っているらしい。
暑そうな陽の光が、教室を余計薄暗く感じさせる。

窓の外を見ていた視線を目の前に向ければ、そこには子犬みたいな、猫みたいな、なんともブチ壊してやりたくなる感じの司の顔がある。

真っ直ぐ私を見ていて、私も真っ直ぐ見た。

時が止まったみたいに静かだった。
何もかも真っ白になって、ただ、息をしている生き物の魂が二つ其処にあるみたいだった。

カキーンっという音が響いて我にかえった。
どうやら、誰かがホームランを打ったようだ。どうせ、『エースの木村君あたりでしょ』なんて、どうでもいい事を考えた。

イケメンだって言われる自分と、そうじゃないって思っている自分がこんがらがって、司はたまに質問をしてくる時があった。

冗談みたいな質問だと思う。
でも、これをしてくるってことは、それなりに弱ってる時だって、半年の付き合いで察した。

しょうがないなぁ…
心の中で溜息をつく。

現実でも溜息をつく。

「でもさ、司。」

なにが、『でもさ』なのかはこの目の前の糞ムカつく男にわかればいい。

「本当にそれが最後だよ。
私はそれきり、この先、一生、ピアノはひかないよ?」

じっと見つめる。

「それでいいよ。」

司は当たり前みたいにそう言った。
どこか嬉しそうにそう言った。

「そうしてくれよ。一生のうちやらないで終わることなんてゴマンとあるだろ?
ふみのピアノの音色の最後は俺達サイドBのものだ。
看取ってやるよ。お前の弾くピアノの最期。」

だから、ピアノ弾いてよ。ふみがいいよ。
って司は言った。

なんだその、台詞みたいな言葉は。
って、私は飽きれた。
でもすぐに納得する。
司はそういうやつだ。
はずかしげもなく、真っ直ぐに、そういうやつ。それが、私の知る司という男の子だ。

そして、いつも通り心の中で悪態をついた。
イケメンでよかったな、クソ野郎。
よし、これでスッキリ。

「あんたには負けちゃう。」

自分がおかしくて笑う。
どうしてか、司の事は面倒を見てしまう。
こんな同級生、きっと司で最後だろう。

しばらく沈黙が続いた。

「でも惚れないだろ。」

窓の外を見ていた司はそう言った。
また突拍子もないことを。

「…。」

「かっちゃんは俺の次にイケメンだよね〜。そんでもって、正真正銘のかっこいいよなぁ。」

ふふっとか笑って、女子かよ。
椅子の背もたれに顎を乗せて、ユラユラ揺れる司は、なんだか女友達みたい。

「わかってんじゃん。
カナタはあんたの数百倍かっこいいよ。」

私はなるべく冷たく、そう言った。
司は何となく私の気持ちを知ってるだろうとは思っていたけど、茶化すんじゃなく、当たり前みたいに言うから、逆になんだか恥ずかしかった。
でも、そんなモジモジした私とかキモいでしょ。
お前ごときにそんな姿を見せてたまるかって、何故かそういう気持ちだった。

「そんなこと言うの、ふみだけだよ。」

「そんなことないわよ。
この先、長い人生……」

私は目の前の男を見た。急に言葉を切った私に、司はキョトンとした顔をした。
司は確かにイケメンだし、確かにかっこいいやつなのかも知れないけれど…それはこの学校の中での話だ。司を「不細工」って思う人だって、世界中探せばいるだろう。
こんなに、今モテてるから、もしかしたら、爺さんになったら反動で非モテになるかもしれない。
…なんか、そんな気がしてきた。

「そうだ。
もし、シジイになったあんたがさ、一人寂しく、奥さんもいなくて、誰も側にいなかったら……最期、私が生きてたら、看取ってあげる。約束しよっ」

私は何となく、そんなことを言った。
そして当たり前みたいに小指を司の目の前に出した。約束っていったら、指切りげんまんでしょ。
どんな会話と行動だよってあとから思った。
司を見たら、ショックを受けたような顔をしていた。
ショック受けた顔のまま、アイツは小指を絡ませてきた。
指切りはしてくれるらしい。
司は指切りする小指にギュッと力を入れた。

「…ふみ、それはない。
だって俺だよ?
たぶん、めっちゃ泣いてくれる人がいて、めっちゃ見送られるよ?菊の花でエレクトリカルパレードの山車ができるよ?きっと。ミッキーもびっくり!!俺のことなんかほっておいて…看取るなら、かっちゃんとか看取れよ。」

大真面目にそう言うから、思わず吹き出した。
どんだけ、人に好かれてる自信に溢れてるんだよ。それから、菊の花でエレクトリカルパレードってなんなの。面白いかよ。
その癖、どうしてそんな不安そうに小指絡ませてくるわけ?私が男で、司が女だったら襲ってるよ?ほんと………ほんっと、司って、そういうとこが謎にムカつく。

「バカ。
高校生活で抱いた淡い恋なんて、永遠でも何でもないから、高確率で大人になった私の隣にカナタはいないし、カナタの隣に私はいないよ。そもそも、成就しないっての。」

「そうかなぁ…」

「そうだよ。……司って」

小指は絡められたままだ。
私はギュっと小指に力を入れる。

「何?」

「鈍感だよね。」

「え?!それはなくね?!」

「鈍感だよ…ばーか。」

馬鹿で憎めない相手が恋敵なんて最悪。


笑う私に、自分がいかに鈍感じゃないかの説明をする司を見つめながら、私は軽くて柔らかな溜め息をついた。

あんたには負けちゃう。


どの約束も果たしてあげるから、あんたは笑って楽しくしてなさい。



昼間のビル群はやたら暑い。

あの時、司が私に許してくれたんだ。
捨てる事を。
今思い返しても凄くキザったらしい台詞だ。
でも、思い出の中の彼は、恋していなくても恋しいほどに眩しかった。

私はあれから、本当に一度もピアノをひかない人生を歩いている。

なんだか、やけに懐かしい場面が頭をかけめぐるのは数日前に悠一から入ったラインのせいだろうか。

『今度の金曜、ふみの店いくからさっ!みんなで!』

どの、みんなよ。ってツッコミを入れたけれどわかってる。
悠一のいう『みんな』はどうせ、サイドBのメンツだ。


あの春、熱気に包まれた体育館を抜けて、私が見上げた空はどの空より青かった。

今見上げた青空を見ながら、私はやれやれと溜め息をついた。


思い出が大人になることはない。




これも読むといい↑繋がってないけど繋がってる1場面物語


《イケメンだろうがバカって言いたい》

ふみのことは、どうしても出したいと思った。
好きとか嫌いとか、そういうの揺れる日々っていいよね。
え?BLだって?
ま、そうかもね。
でもさ、憧れと恋なんて似てて曖昧じゃない?
ムカつくと好きが同居するみたいに。

他の人たちは浮足立つ相手をさ、そんなふうには見えなくて、周りにしれたらなんか謎に嫉妬やら、憤りやら感じられて攻撃されそうでもさ、そんなふうには思えなくて、だから、文句言ったり、冷たくしたりしながら、なーんで許しちゃうんだろって笑っちゃうような……

そんな感じがいいなって思いました。

1日に何度記事あげるんだよっ!!て?

だって書いてしまったんだもの。
置いておくと焦がれるような気持ちになるから
出しちゃうんだ。


私、ふみとは友達になりたい。
そう思った。



読んでくれてありがとう。



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