見出し画像

『Dreamer』第六話


緊張が解けた僕に襲い掛かった空腹感は半端なかった。当然、当初入るはずだったファミレスまで持つはずもなく、帰り道にあった牛丼屋で夕飯を食べることにした。
「今日は…あそこのペペロンチーノにフォッカッチャつけて、ドリンクバーでメロンソーダ飲んで、食後にはティラミスをカフェラテとって思ったのにぃ―!!!こうなったら…紅生姜ガンガン入れてやる!!!」

ペペロンチーノにメロンソーダって。。。

「文句言うなよ!僕のおごりなんだから!しかも、大盛にしてやったじゃん!!」

「年頃の娘が大盛の牛丼だよ!!あーあ。。。折角だから、あのまま天ぷらたべますー!って言ってやればよかった!」

「僕の財布じゃ絶対一か月は皿洗いだよ、あんな店。」

ふと、弓月が牛丼をカプカプ運ぶスプーンを止めた。

「弓弦、今日の夢であの落花生油の匂いを嗅いだの?」


「ん。。。なんか僕も、良く分からないんだ。こう、感覚的にそう…なのかな?っていうか、なんか引っかかってんだ。」

「落花生油が?」

「いや、それもなんだけど…なんか、こうはっきりしない、覚えがある様な…こう、何か忘れている感覚みたいな。。。」

「・・・」
牛丼がごっそり乗ったスプーンをペロッと口の中に放り込んだ弓月は

「なんかそれ…」




「年寄りくさっ。。。」

僕の箸から牛肉がぽろっと崩れ落ちた。



とにかく、自分の中でこのスッキリしない突っかかりが何なのかを見つけなければ訳が分からいと弓月に言われ、今日見た夢をきちんとノートに書きだせと半ば命令された。確かに…その通りだと思う。今朝の夢を見た直後から、掴み切れない何かが僕をくすぐっている様で、僕自身もスッキリしないのは確かだった。



家に帰ると母さんが既に帰宅して部屋着でルンルンとお茶をいれていた。

「ただいま」

「おかえり。ん?天そばでも食べてきたの?」
クンクンと僕らの周りで鼻を動かしながら母さんがいう。

「いや、ちょっと通りかかっただけなんだけど。。。あっ、そうだ母さん天ぷらに落花生油とか使ったことない?」
出来るだけさりげなく母さんに探りを入れてみる。

「落花生油?そんなのあるの?あっ、でも胡麻油やアボカド油があるんだから、あってもおかしくなさそうだけど…。」

落花生油の存在さえも知らないってことは、当然使った事もないのだろう。やっぱり懐かしさは母さんの食事からでは…ない。。。


「で、どこ行ってたの二人で?」

「弓弦が牛丼食べたいっていうから、お年頃な女子高校生は大盛り牛丼をたらふく食べてまいりました!!お母さんは?」

もっこりと持ち上がる母さんの頬。

「しりたい???」

うわっ…弓月とおんなじ顔。。。



「【アンコーレ】の…



 …ペペロンチーノ♡

な゛っ?!?!!

グサッと僕の左側に弓月の睨みが突き刺したことは言うまでもない。


§


今朝の夢は夜になっても鮮明に覚えていた。いつ、どんな夢を思い出しても、思い出す度に身が強張ってしまう。それは、被害者の恐怖が真っ先に僕を包み込んでくるからだった。でも。。。今朝の夢は恐怖の中にも、何故か安堵感の様なものがちらついていた。何故なのかは僕には全く持って分からないし、殺されるのに安堵感だなんて僕の勘違いだと思わざるを得ない組み合わせだ。
僕は鉛筆を走らせながら出来るだけ詳細を見つけられるよう、被害者と僕自身を引き離して夢を回想していこうと努めていた。
バケツの水に映った被害者の顔をどうにか描けないかと、何度も何度も波立つ水面をじっと見つめる。でも、分かったことはと言えば
”眼鏡をかけていない顔”。これくらいだった。。。
加害者の靴やズボン、部屋の感じにバケツの水の色。。。色々描こうとするのに、何故かぼやけている。思い描けない。でも、、、この感覚が…おかしい。。。というより、、、
覚えがある。。。

思いっきり頭を掻きむしり窓の外を眺めてみる。もうすでに真っ暗闇になっていた空にはぽつりぽつりと星が覗いていた。


§


ブラックノートに書きこまれた何とも雑な僕の走り書きを見ると、弓月は朝食を済ませさっさとテレビのニュースを見始めた。
「私が犯人だったら…死体を海に投げて時間稼ぎでもするかな。どうせだったら、重りつけて沈めちゃえば溺れた水質鑑定も…肺の水が違うからダメか…」
真剣に考えていた。しかも追う側ではなく、犯人に思考を重ねていやがる。
チョコレートをポンと口の中に入れながら、月曜の朝に他の女子高生もこんなことを考えているのだろうか…。
女って…怖いかも。。。
そんな事を思いながら僕の一日は始まった。


§

昼休みに屋上に晃と弓月を呼び出して、自分なりに昨日の「おかしい」感覚を説明しようとしているが、弓月が僕の話を割って葦天での僕の笑える発言だとか、ペペロンチーノだとか…なかなか話が進まないでいた。が、晃はそんな弓月の話にもじっと耳を傾けて、屋上の灰色の地面を微動だにせず見つめている。一通り僕らの話が済んだところで、目線をふと僕に向けた。


「弓弦。。。お前油の匂いを嗅いだ時に夢と現実の狭間にいる様な感覚って言ったよな。」

「うん…」
昼休みはじまって初めて口を開いた晃の問いかけに頷いた。

「弓月が言うように、それ夢の何処かで嗅いだ物なんじゃないのかなって俺は思う。」

「今回お前が感じた「安堵感」…これだって重要な要素だし、そのままでいいんだと思うんだ。だから…」

晃はそっとノートを開いた。

「今までの夢。。。これ、もう一回書いてみろよ。」

「え?」

もう一度書いてみる?

「俺の読んだ限りではこれ、お前の視覚しか使ってねー。犯人がだれかとか、被害者が誰かとか。。。お前がとらえるのはそこじゃないだろ。」

ぺらぺらと頁を捲りながら…

「まぁ…書かれているほとんどそうだけど。。。この間の事件は電車が通過したこととか、鉢植えとか…確かに事件が現実の物だって証拠にはつながったけどさ、繋がった今 その情景を描くことは視覚以外の物の方が重要なんじゃね?天ぷら屋の匂いもそうだし、なんか読み取れねー感覚もそうだしさ。」




「私。。。ちょっと今思ったんだけどさー。。。」

晃の話を目玉だけをぐるっと空に向けて聞いていた弓月がすっと腕組みを解いて言った。



「ぼやけているのってさぁ。。。もしかして、ただ単に被害者が目が悪い…からじゃないのかなぁ?」




なんでそれを思いつかなかったんだろう。。。晃の言う通り、僕は今まで目で見たものを必死にかき集めていた気がする。痛みも温度も…音も匂いも。。。僕には感じられているのに、それをポッコリ切り抜いて夢を再生した。この間のヤカンの音は高温で耳にまとわりついていたから何となく拾ったけど、多分。。。僕はもっといろんな情報を持っているはずなのは確かだ。見よう、みようとしても、見ている被害者の視力が悪ければ当然僕にも見えないものがあるはずだ。一緒にあの場にいた弓月には同じ油の匂いとしか感じられなかったものも、僕の中で何らかの形で記憶として残っているもので、「何か」に繋がるものかもしれない。僕が見る夢たちは全て殺された後…いわばすでに「完了」している物たちで、多くが警察の手によって犯人逮捕まで至っている。だから、夢のその目的が事件解決ではない…という事になると、、、確かに僕のしていたことは、実現かどうか答え合わせの為の材料集めにしかすぎなくて、他に見つけるべき物があるという事になる。。。


「分かった。もう一回全部書いてみる。」

「その、なんかつっかかるもんも見えるといいな。」


晃のいつもの笑顔が目の中に飛び込んできたと同時に、一斉に僕達の携帯がピロリンと鳴った。


『学校帰り喫茶店に来い ー 戸田』


「う゛っ.…。ユーキとアイスを食べに行く予定だったのにぃーー!!」

弓月の声はきっと校庭の奥まで響いていたに違いない。


§


喫茶店についても戸田さんの姿はまだなかった。僕はコーラを、弓月はカフェラテを頼んで、いつもの席に着いた。晃は一度家に帰ってから来ると言って僕達が先にここに来たのだが…考えてみると。。。待ち合わせの時間がはっきり書いてあったわけでもなく、警部の顔を思い出し少しばかり不安になった。
そんな僕にはお構いなしに、弓月はずっと携帯をいじりながら何やら調べているし…僕はとりあえず時間潰しにブラックノートを読み返すことにした。

事件化してない物が3つあるっていてたな弓月。。。

それを思い出して、今までの自分の逃げ腰姿勢に改めて気づかされる。


一番初めに見た夢。。。これ読み返すの、初めてだ僕。。。
階段から突き落とされる夢だった。。。あの時の落ちて行く感覚は 身体が浮く様な…スローモーションで映画で映されるような綺麗なもんじゃなく、寝ている時に一気に黒い穴が出現して、そう、飲み込まれる無力感みたいな。「ふわり」というよりも「ずぶずぶ」と言った方が絶対にあっているような気がする。

そう言うのを書いた方がいいってことだよな…。そんなことを思いながらぺらっとページをめくる。

あぁ。。。これも、忘れてた。こんな殺され方ってあるのかと思うような排気ガス死。頭殴られて手足縛られたまま、車のマフラーに顔を押し当てられて…煙くて気持ち悪くて…。頭が割れるように痛くなって、上下の境も分からなくなった。胃が何度も体の中で反転してはゴボゴボと動いていたような気もする。。。とにかく何も見えなくなって。。。体が勝手に痙攣起こし始めて。。。



あっ。。。

何かがザワッと僕の中で揺れた。


慌てて頁を捲る。


これ…


「お前ら、待ったか?」

その声で顔を上げると戸田警部が上着を抜いて目の前に腰かける所だった。

「いえ、ちょっと前に来たから先に飲み物頼んじゃいましたよ。。。カ・フェ・ラ・テ!!」

「ったく…ませてんな最近の学生は。。。」

「で…どうしたんですか今日は?」
弓月がカフェラテに砂糖をつぎ込みながら聞いた。

「あぁ。。。」



「今日はな、弓弦に頼みがあるんだ。」


「僕に…ですか?」

自分の名前が呼ばれて、ノート内を彷徨っていた意識がテーブルの上に置かれた。戸田さんは後ろを振り返りウェイターの女性に向かって人差し指をすっと立て軽く頷き、それを見た女性も軽く頷き返し、戸田さんの珈琲の注文が完了する。

軽く咳払いをした後、眉を軽くあげながら

「ちょっと。。。酷な頼みかもしれないんだが。。。」


ちらっと弓月に目をやった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?