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『Dreamer』第五話


「で?…なにこれ??」

目が完全に座っている…日付も書かれていない今日の分のページを見ながら弓月は帰宅そうそう言った。

「あっ、いや。。。なんか今朝の夢よりも。。なんか書かなきゃいけないものがある様なきがして。。。。」
あはははと変な笑い声と共に僕が頭を掻くと、弓月の細まった瞳がテレンと垂れ、と同時に柔らかな体温交じりの吐息が奴の口から放たれた。

「今朝の…そんなに、嫌な夢だった???」
この顔は、心配な顔だ。ちょっと以上に不意を突かれた気分になって、首を思い切り横に振りながら完全否定したことを、この直後に後悔した。

「んじゃぁーなんで、なんにもかいてないのよぉー!!!!」
鼓膜が破れるかと思うくらいの大声が、頭のてっぺんまで響いた。

「ゆっ、弓月。。。落ち着けって。いや、、、お前のファイルに目を通したら、気づきっていうか、納得したものを書いておく必要性みたいなものを感じて。。。」

張り手が飛んでくるかと思い腕で顔を覆っていたけれど、いつになっても飛んでこない。恐る恐る腕の隙間から覗くと、なんかちょっぴり嬉しそうに、はにかんだ弓月がいた。

「私のファイル…役に立った…って事?」

「おっ、おぉ!!!もんのすごく!!!」
今度はもちろん縦に。。。先ほどよりも大きく頭を振った。

「そう」
くるっと回ってベッドの上に腰かけた弓月だが、
「で?何かいたの?」
すかさず質問攻めだ。

僕はブラックノートの裏面を捲り そっと弓月に差し出した。


〇 まとめ 〇
●集団リンチ事件 ー 守る、逃げろ
●トイレ刺殺事件 ー 謝罪、無念、夫への想い、ずっと一緒にいれなくてごめん
●母親撲殺事件 ー 後悔、子育て、もっとしてあげてれば良かった…
●5歳児育児放棄 ー 願望、空腹、手作り料理、抱きしめて…
●不倫相手刺殺 ー 心配、子供、強く育て
●路線突き落とし事件 ー 願い、見たかった
●バラバラ事件 ー 猫。。。
●絞殺・自殺事件 ー 真っすぐな愛情、凄く好きだった、愛している。

読み進める弓月の顔色を伺う。。。
ふーん。。。
何とも言えない音が奴から出てきたと思うと、
「なんか。。。分かる。。。」とぽつりと呟いた。

「リンチ事件、女性が絡まれて男性がリンチされて…って。でも女性もお金を巻き上げるための道具でしかなかった詐欺グループの一員だったやつ。。。被害者の人…最後まで騙されていると知らずに懸命に女性の事を思っていたんだね。。。トイレの刺殺事件は結婚したばかりの女の人でしょ?たまたま一人で公衆トイレに入った時に殺されちゃって…今から夫婦としての生活がって時に。撲殺事件だって、何度も息子の暴力を警察に相談していたのにも関わらず、事件にはしたくないって母親が息子をかばってて…。虐待の子は身体中アザや傷だらけで、あちこち骨折してるのに ゴミ屋敷に残されて、最後は餓死でしょう。。。近所の人がお母さんお母さんって必死に母親の歩みについていこうとしていた子供の姿見ているから…きっとあんな母親でも大好きだったんだと思うし、お腹すいた時に…お母さんの手料理が食べたいって。。。不倫相手に殺された人、子供を抱きしめたまま背中を何度も刺されてたって…子供は無傷で何も見ないまま助かって。。。電車に轢かれた人は、娘さんの結婚式の為に上京しようと駅にいて…酔っ払いにニヤニヤしてるっていちゃもん付けられて。。。ん?」

「ん?」

「なにこれ??ねこ???」

「おっ、おぉ。。。猫」

「猫って…何処が”心情”な訳?」
怪訝そうに僕を見る弓月に僕はどう返していいか一瞬分からなくなった。

「僕も…良く分からないんだけど。。。っていうかその事件は…恐怖と痛みの方が勝って…」
はっとする弓月は、パッとノートに目を落として、

「だよね。。。」
とだけ呟いた。

「でも。。。なんか、猫って。。。ふと思ったんだよ、被害者が。。。でも、それ以上はちょっと無理っぽい。。。」

「殺される時に”猫”?なんか…全く持ってわけわからないね、これだけ…」

「まぁ、詳細は各事件のページに書き足してあるから、読めばまとめと繋がりやすいとは思うけど。。。でも、お前の頭の中に全て情報入ってそうだもんな。。。」

ぺらぺらと頁を捲りながら徐々に弓月の唇が前に前にと押し出されてくる。
あっ。。。なんか言われる。。。

弓月はとがった口先からゆっくりと大きく息を吸い込むと、

「ねぇ…8件あるけど…」


「他の3つは?」


「ん?他の3つ?ファイルを全部読んで記憶と照らし合わせたぞ?」
弓月はおもむろに片手で額をぱちんと叩く。

「ファイルの方は、事件として取り上げられたものしか載ってないよ!新聞記事とかニュース纏めたものだから!ったく、自分で夢見ておいて、どこまで抜けてんの弓弦は。。。」

「あれ…そう…だっけ?って確かに、初めて見た夢は載ってないな。」
がくりと弓月の頭が垂れ、僕の額からたらりと冷や汗が伝った。

「弓弦の見た夢の中で今までに事件化していないものが3つあるのよ。何度読み返しても、れっきとした殺人なのに…全国探しても見つかってないの」

「そっか…いや、じゃあ、徐々にやる。今日は受験勉強以上に勉強した気分だから腹減った。」

まったく…という顔をした後に、頭の中に浮かんだ映像に顔が先に歪んでしまったのだろう…ニヤリと笑いながら、
「今日お母さん遅くなるって言ってたから、カップラーメンでも作れば。ふふふ。。。それとも…」

う゛っ。。。そこかよ。。。

「分かった!!分かったよ。お前が作るより食べに行く方が何百倍もましだから、今日は僕が奢る!!」

この間、お湯を注ぐだけだという小学生…いや、幼稚園生でも軽くこなしてしまいそうなカップ麺作りに僕は失敗し、母さんと弓月に大笑いされた挙句に、二人が台所のシンクにばら撒かれた麺を写真に撮って、ご丁寧に待ち受け画面にしてくれているのだ。弓月が作っためしは喰えたもんじゃない。犬であってもごめんだ。



鼻歌を歌いながら前を歩く弓月に、お腹のすき具合もあってか少しイラっとした。でもまぁ、こいつが笑っていると悪い事は僕の身には起こらないような そんな気もしていたりする。晃からいつの間にか手に入れた戸田警部の連絡先に、僕の書いたまとめの写真を送りながら「なにたべよっかなぁー」とご機嫌の弓月が「ここにしよう」と言ったのはファミレスだった。奢りだから高い店にでも連れて行かれると思っていたから、内心ほっとして無意識のうちにポケットの中のお財布を撫でていたりした。



が、


あ、、、れ、、、




「ちょっ…弓弦?」

僕の感覚が風の中に夢を見た。



風が吹いてくる方向へと吸い寄せられるように歩き出す。


な、、、んだこれ?


僕、知ってる。


「弓弦!?ちょっ… 弓弦ってば!」


普段は夢から覚めた後にしかない、狭間にいる感覚。
夢の中にいるのか、現実の中にいるのか…


足を運ぶたびに、夢の色が濃くなる。
歩き続けた末、僕が立っていた場所…



葦天よしてん?」

高級感漂う門構えの暖簾に流れる様な書で描かれていた。

「なに?すごく高級そう!弓弦、ここで奢ってくれるっていうの?!?」

「いや、、、この。。。香り。。。知ってるんだ。。。」
「??天ぷらの。。。あぶらの匂い?」
「ちょっ…!!!弓弦!!!」

僕は何も考えないままに暖簾をくぐり引き戸を開け中へと入った。

「いらっしゃい」

品の良い着物姿の女性は僕を見るなり、ちょっと驚いた様子だった。
席についているお客は皆、スーツを着込んだ品の良い人ばかり。。。皆の目線を受け、はっと我に戻り 慌てて襟のついていない洋服の襟元を確認したりする。そんな僕と 後ろからそろりと入店した弓月を見て、女性はにっこりと笑ってくれた。
「いらっしゃい」
入店したものの、頭の中が迷子になっている僕に気づいたのだろう…僕の背中を肘でつつく弓月が小声で
「ほらっ弓弦!!匂いがどうこうって!!!」

そうだった。。。

「あっ、あの…すっ、すみません!!このお店からの香りが、なんだか…懐かしくて。。。どうしてかなって。。。おもい、、、まして。。。」

うわぁー。。。小学生か自分。。。

女性はきょとんとしながら僕を見つめていたが、くすっと笑いだすとカウンターの後ろで天ぷらを揚げている男性の方に振り向いた。

「玄さん。この方、玄さんのこだわりを嗅ぎつけてくださったみたいよ」
とても柔らかく微笑みながら僕に目を戻す。

「うちの天ぷらは落花生油を100%使用しているんです。芳醇な香ばしい香りがするのが特徴なのだけれど、こうして高温の揚げ物になるとなかなかそれに香りだけで気づく方はいないんですよ。炒め物に使うと良く気づかれるんですが。揚げ物で100%落花生油を使用する天屋は国内でもあまり見かけませんが、ご家庭ではあるのかもしれませんね。ふふっ。お母様が落花生油をご使用されていたのかしら。」

「落花生…油、、、ですか。。。」

「企業秘密っぽいでしょう?ふふふ。でも、落花生アレルギーの方もいらっしゃいますので、これはきちんと周知させていただいている事で企業秘密でもなんでもないんです。でもコストがかかるのと、アレルギーがあるのとで、なかなかお店で前面に出す所はないと思うのですが…でも、お味はとても良いのですよ。さっくりとお上品で…是非、食べて行かれます?」

その言葉に周囲の視線が僕に一斉に向けられたような気がして、慌てて

「あっ。。。いや、きようは。。。普段着ですし。。。ごっ!後日、、改めて。。。せっ、正装で!お伺いさせていただきます!!!」

僕の言葉に吹き出すお客さん達。
裏返った声でのちんぷんかんぷんな言い訳。かちんこちんに固まった体に、茹蛸の様な顔。。。鏡を覗かなくても、どんなに滑稽か分かってしまう自分が痛い。
女性はまたくすっと笑って、
「どんな服装でも構いませんよ。いつでもお越しくださいね。玄さん、あなたの目利き絶対心の中で嬉しがっているはずだから、またいらっしゃい」
優しく僕と弓弦の瞳に話しかけた。



戸をくぐり外へと出てから数十メートル。。。はっきりとは覚えていないけれど、絶対僕は右手右足を同時に出して歩いていたのだと思う。


「弓弦!」

そんな僕の肩をがしッと掴まれて、やっと普段の僕に戻れたように感じた。
振り返ると弓月が眉をひそめて僕を覗き込んでいる。その顔には”いったいどうしちゃったの?”と言いたげな表情。


「弓月…僕。。。」

「ん?」




「。。。腹減って死にそう。。。」



キッと一気に吊り上がった弓月の眉の真ん中あたりから

「弓弦の…」

ど・あ・ほ ー!!!


震え上がる様な大声が響いた。




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