見出し画像

小説『集落街』無料試し読み  その2


 〝街〟の血脈は、日本人一色ではないどころか、名前すら日本式にこだわってはいない。場所によっては黒髪を見つける方が難しい時もある。封建的なようで いて、いち早く外来を取り入れ、独自の発展をしたのが、〝街〟なのだ。

 〝街〟はいわば、尻尾を咥えた紅色の蛇だ。うねり・蠢きながら、じっとしている。だが、その蛇は狡猾だ。蛇はある種の人間を呼び寄せる。蛇はある種の人間 を魅了する。蛇はある種の人間を突き放す。蛇の心理が、〝街〟全体の集団心理だ。その蛇には、力がある。また、力を与える。そして、そろそろ脱皮をする時期だと準備を始めている。

 紅色の蛇が蠢く〝街〟では、ある一人の青年を 呼ぶ準備が行われている。蛇の恩恵を受けた、隔世遺伝の金髪の十歳の少女に、蛇は願いを託す。では、〝街〟の中を覗いてみよう。

 長の屋敷の縁側で、作務衣姿にポニーテール、三白眼の二十代後半の男が、キセルの煙を、ぱかっ、 と吐く。川蝉という名の通り、利発そうな顔。「いよいよですな」とどこか浮世離れした話し方。

  その横に座った十一歳の少女、Tシャツにホットパンツ、ボーイッシュなショートカット、「どうなるのかな?」と足をぶらぶらさせる 。名は晶。

  晶の後ろにいる、六月なのに黄色のニット帽をかぶり、大きなヘッドホンを装着した十歳の少年は無言。名は∞と書いてムゲンと読む。音楽の世界に浸りながら、頭の中でパックマンをプレイしている。

 「さて、どうなりますやら」川蝉は空を見上げてキセルを美味そうに吸う。

 「見えないの?」晶が小首をかしげる。

「あっしの能力は、もうそろそろ潮時のようでやす」 

「うそ」 

「嘘じゃありやせん」キセルの灰を、とん、と地面に落とし、話題を変える。「もう、六月ですな」

 「一日だね」晶は話題を変えられたことに突っ込まない。川蝉はいつでも守ってくれ るから、という信頼がある。けれど、つい、言ってしまう。「ボクたちがここに来たのも、六月一日だったね」と、男の子のような一人称で。

  六月には何かある、そう川蝉は思う。けれど、触れないようにする。「もう一年になりますか。晶、∞、二人とも背が伸びやしたね」

「そう?」晶は若干喜ぶ。 

「…………」∞は言葉を発しないが、こくり、と頷いた。会話が聞こえるくらいの小音量でしか音楽を聴いていない。しかも音楽は、どこかの母親の胎内の音。定期的な血液循環が、∞の傷ついた心をゆっくり溶かしている。

「どんな人が来るのかな?」晶は、良い人だったらいいな、と言う。

「それはお会いしてからのお楽しみとしやしょう」川蝉、そう言って奥の襖をちら、と見る。「リリーが呼んでくれやす」

  晶はつられて奥の襖を見る。そして、小声で、「頑張って、リリー」



3に続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?