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「LAST BLUE」タイトルの意味

皆さん、RED-BEATSの1stEPお聴きいただけましたでしょうか??LAST BLUEを配信している音楽サイト、CD盤の購入についてはこちらの記事をご覧くださいね。

今回は、LAST BLUEというタイトルにした理由について書いていこうと思います☺︎このタイトルには二つの意味を込めてまして、二つの「青」があるんですよね。

一つ目の「青」青春の青
この一年は、私にとっての最後の学生生活です。最後の授業、最後の学校祭、最後の夏休み、大学生活を締めくくる卒業研究、それから最後に卒業旅行、そして新たにこれからを始めるための就職活動。ですが、今こんな状況なのでね...。次に進むための、最後の青春のようなものが、色々と奪われていくような感覚です。
きっと同じような思いをしている学生さんが沢山いると思います。特に私は中学生の頃、吹奏楽部の活動に全てを捧げていたような学生だったので、吹奏楽コンクールの中止を知った時にはもう、そうなるだろうとは分かってはいたけど胸が張り裂けるような気持ちでした。もし私がその立場だったら、本当に耐えられないだろうし、どんな感情になるか、どうやって乗り越えていくか、想像もしたくありません...。辛い。
「それと比べたら」と考えると自分の悩みや不安なんて、とも思うわけです。でも、このEPの収録曲「からっぽの駅」の歌詞「誰もがなにか背負ってると知ってても 救いにもならない」を借りて言うと、"自分の悲しみ"は他人が抱えるものと比べることで小さくなったり消えたりするものではないとも思っています。人から見たらくだらないようなどんな悩みでも、その人の心をとても蝕んでいるかもしれない。人が抱えているものを、100%理解したり共感したりすることは難しい。だから私は、一人で思いきり抱え込んで、思いきり泣いて、そんな孤独な曲をこのEPに入れました。その曲がもしかしたら、誰かの孤独な気持ちと重なるかもしれないから。そうやって、寄り添うことが救いになるかもしれないから。
これ以上書くと、からっぽの駅についての回で話すことがなくなりそうなのでこの辺でやめます。笑(というか、ほぼもう話してしまった。笑)
というわけで、私が高校生の頃に作った曲「からっぽの駅」を始めとし、みんなの青春の中で起こった悲しみや若者特有の複雑な感情にも寄り添えたらなと想っています。

二つ目は悲しみ「青」。一つ目のテーマと重なる部分が半分ほどですが。
「もうあの底辺のような過去を経験してるから、この先これ以上辛いことはないだろう」と思っていても、生きていたら意外とこれ以上ないほどの悲しみに再会してしまったりします。夢、仕事、恋愛、生活、どんなことでも。できれば、今悲しんでいる人の苦しみが、最後のものになれば嬉しいけれどそうもいかないので。また辛いことがあっても、その度に「あなたにとってこれが最後の悲しみになりますように」と願って歌った私の曲が届いてほしい、LAST BLUEとはそんな意味です。

青といえば、もう一つというかもう一人というか、思い浮かぶ人もいるかもしれませんが、意識はしてなかったです!!!
が、なんか必然的だったような気もしています。多くは語りません。笑

今回トレイラー映像の話もしようと思っていたのですが目標の0時を過ぎてしまったのでまた今度に回します☺︎

こんなにしっかり伝えたいことを文章化するのは久々な気が...。拙い文章かもしれませんが、次回以降もぜひ読んでいただけると嬉しいです!このnoteでの更新を通して、私のことをもっと知ってもらえたらいいなと思ってます(^ ^)
ではまた!

七菜


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