香港映画『十年』が、5年で現実になるかもしれない。

香港映画、『十年』を観た。
2015年に制作されたこの映画は、当時の10年後にあたる2025年の香港の未来を描くオムニバス作品だ。香港版国家安全法の導入が現実問題として目前に迫る今、この作品を鑑賞した。

正直リアルすぎて、心臓がドキドキした。香港人は5年も前から、ここまで具体的に自由が侵されることを危惧していたのか。各短編の内容に少しだけ香港の事情を絡めて解説したい。一部結末まで書いているので、避けたい方はご注意を。

『Extras (エキストラ)』
国家安全法の制定を目論む中央政府と香港政府。黒社会と結託し、世論を動かす為にテロ事件の自作自演を共謀する。テロリスト役を任されたのは、貧困層の中年男性とインド系移民の青年。国外に逃がしてやると説得され、大金の報酬と引き換えに発砲事件を起こすが、2名ともその場で射殺される。

全編モノクロのオープニング作。日本人としては政府とマフィアがグルだなんて信じがたいが、香港政府・北京・黒社会の結託は、香港市民にはデフォルト設定のようだ。実際2019年7月に発生した元朗駅での無差別襲撃事件では、犯罪組織と警察の関与が指摘されている。

「エキストラ」として利用された2人の身の上がしっかり語られることで、ラストのやるせなさが際立っている。中年男性は公営住宅の抽選に応募したものの、10年待っても順番が回ってこないと語るが、ここにも社会問題が見て取れる。大陸富裕層の投機的な土地購入により香港の地価は高騰。香港に暮らす人々には、一生手が届かない代物になってしまったのだ。

『Season of the End(冬のセミ)』
ブルドーザーで破壊された友人の家で、あらゆるものを標本にしていく男女の話。破壊されていく街。不足していく標本箱。男性は自分を標本にしてくれ、信念を曲げたくないと懇願し、女性はそれを受け入る。

この短編、最も難解だった…。ブルドーザーに破壊される街と、何もかもを標本として残す2人は、作り変えられる香港の街並みと、今の自分たちを絶滅危惧種と感じる香港人のメタファーなのだろうか?
現在の香港の街は、大陸観光客をターゲットにした貴金属店とドラッグストアで溢れている。地元民による地元民の為の、慣れ親しんだ店がどんどん消えてしまっているという。

映像は終始屋内で展開するかと思えば、途端に宇宙にまで広がる。香港人を一つの種と描いていると感じた理由はそこにあるのかもしれない。男性を標本にする工程は、観ていてちょっとキツかった…。

『Dialect (方言)』
普通話の共通語化が一層進んだ未来の香港。普通話に対応しないタクシーの営業範囲は大幅に制限されることになった。ある香港人タクシー運転手の苛立ちと困惑を描く。

個人的に最も好きな作品。主人公は小学生の子持ちのタクシー運転手なのだが、妻には息子の前で広東語で話さないで!と言われ、完全普通話教育を受けている息子との会話の端々に、意思疎通できない言葉が増えていく。

香港人が広東語で話して何が悪い!と憤る様がたまらなく切ない。そうだ、あんたは悪くないぞ…!

実際問題、香港では政府による普通話化が進行している。香港政府は2008年に、中国語文(国語教育)を普通話で行う学校への資金援助プログラムを開始している。

『Self-immolator (焼身自殺者)』
在香港イギリス領事館前で焼身自殺事件が発生する。自殺者の身元は不明。学生、政治家、学者への架空のインタビューを交えて本編が進むにつれ、自殺者の正体が明らかになっていく——

ラストの自殺者の正体にかなり驚かされた(あえて明かさないので、ぜひ見てみて欲しい)。実際あの世代が自己犠牲を語ってデモに参加したり、市民の盾になろうとしたりするというのは本でも読んだが、現在の香港に対して責任を感じるところがあるのだろうか。

『Local Egg(地元産の卵)』 
香港最後の養鶏場が閉鎖した。ある食料品店の店主は、数少ない「本地産」(地元産)の卵に誇りを持って販売していたが、少年団(人民服のボーイスカウト的集団)からは「本地は『禁止言葉リスト』に入っている」と咎められる。とうとう息子の明(ミン)も「本地は悪いことばだ」と言うようになり——

この作品は最後にちょっと希望があってよかった。。パパがミンに「言いなりになるな、まず自分の頭で考えろ」と言い聞かせるのがグッときた…。
パパは恐らく通識教育科(自ら思考する力を養う為の、ディベートやディスカッションを中心とした授業。香港では必修科目。若者の政治参加意識が高いのはこの教育の賜物と考えられている)を受けてきたんだろうな…シンプルにカッコイイ。

「ドラえもんが禁止なんておかしい」と事も無げに語るミンにも、その精神が確かに伝わっていくはずだ。
(内容関係ないけど、書店店主役のお兄さんが、すごく好みのイケメンだったよ…。)

終わりに
長々と書いてしまったが、私なりに香港について知っていることと映画の内容を絡めて書いたつもりだ。興味を持って頂けた方はぜひNetflixで視聴してみて欲しい。

香港の人々が何を恐れ、何を守る為に抗議の声を上げているのか、間違いなく理解の助けになる映画だと思う。

エピローグの言葉のように、今ならまだ間に合うことを、私も願っている。

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