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恥ずかしい=嫌い?

写真の犬が、おバカなカピ♡

多分四年生の頃。

帰って来るといつも大きく手を広げてハグしてくれた義行に、だんだん照れが出て来た私は、歪んだ笑顔で近寄って行った。

その日、義行は

「ん!?頭が臭い!!」

と私に言った。

当然子ブタは傷付いた。

当時は肥満児。

好き放題お菓子を食べていた私の頭からは、脂の匂いでも漂っていたのかもしれない。じゅわ〜ん。


だいたい男性という生き物はそういう生態だと思うが、義行も人の話を聞いていないことが多かった。

あの日もそうだった。

大好物のトウモロコシをボロボロこぼしながら頬張って、黒目だけみたいな遠い目で完全に他のことを考えているのが見て取れた。

能里はいつも

「ねえ!聞いてるの!?」

とイカッた。

私が話しかけても遠い目の時は、私が可哀想だと言って、能里は更に怒った。

「…え?聞いてるよ。」

「聞いてないじゃん、パパはいつもいつもそう!」と悲劇のヒロイン張りの涙目で声を荒げる私。

床に散らばったトウモロコシの粒が、3人がそれぞれの方向へ向かって行くことを暗示しているかのようだった。


純粋だった子供の頃には「優しくて楽しいパパ」だったけれど、物心つくとどんどん変なところに気付く。

高学年の頃漫画家になりたかった私を、御茶ノ水の画材屋『Lemon』に連れて行ってくれた義行。

店員さんに紙を頼み

「A4でよろしいですか?」

と聞かれ、

「A4で、、、えーよん!」

と答え、店員さんが笑ってくれなかった時の恥ずかしかったこと。


雷門に行った時、雷おこしがたくさん売っている屋台で、

「これが元祖の雷おこしだよ!なっちゃん。」

と言ったら、怖そうな店のおじさんに

「元祖はそれじゃねぇよ。勝手なこと言ってんじゃねぇ。」

と突っ込まれた義行。

泣きそうに恥ずかしかった私。


私が中学生になる頃、友達からの報告。

「稲毛でなっちゃんのパパに会ったよ。『ウォンチュ!ベイベ!』って言われたよ(笑笑)」


義行の目撃情報は、時々同級生から入って来た。

「朝の公園で、太陽に向かって手を広げてしゃがんでから立って、笑ってたよ!」

それを義行に問うたら

「そうだよ!パパは毎朝太陽に向かって『ん〜〜〜〜パッ!』って体操してるんだ。」

はっっず!!!


今はそういう人間が大好物の私も、当時はそういう義行が恥ずかしくてたまらなかったのだ。

能里から聞く義行へのダメ出しも、ほぼ母子家庭だった私の脳にはジワジワとごく自然に浸透して行き、いつしか「本当にそうだね!」と思うようになった。

だから、中学生から私は義行と、ほとんど話さなくなった。


中3の頃、義行方のお爺ちゃんが亡くなり、蘇我の方の土地をもらった。

そこに家を建てることになり、穴川のボロ屋での生活は幕を閉じることになる。

愛と恥じらいに溢れた15年間であった。






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