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【番外編】みんな幸せになる不倫もあるかもしれないと思ったはなし

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浮気とかするのはアホだと思ってた。不倫するやつは脳みそ溶けてるんだろうと信じてた。よほど想像力がなくて、異性を見る目がなくて、バカで、浅はかなやつがやって、全員不幸になって、ボロボロになって過ちに気づくんだろうと思ってた。特に私は大好きな恋人と長く付き合っていたから、浮気なんて考えもしなかったし、するやつはよほど恋愛に恵まれてこなかったんだな、と思ってた。匿名掲示板で不倫体験とかを目にしたときに、コメント欄で「頭溶けてんじゃね」などと他の人たちと一緒に叩いたことも、あったかもしれない。それくらい嫌悪して、軽蔑して、馬鹿にしてた。

34歳。私は複数の大恋愛を経てボロボロになっていた。永すぎた春を経た最愛の人とのグダグダのちの別れのあとにモラハラちっくな男と付き合い、散々いいように使われたあとゴミのように捨てられ、心底疲れ果てていた。ずっと結婚したかったのにこの年になってできてない悲しみと、恋人を大切にできなかった自責感から自尊心は地に落ちていた。でもモラハラ男のことはまだ好きで、どうしたらいいかわからなくて、とにかく外の世界に目を向けようと、自分にムチうっていろんなイベントに顔を出していた。

最近入った趣味のクラブの大きなイベントが東京であるということで、「ついでに東京にいる元彼にも連絡してみようかな」と、まあ元彼のことしか考えずに申し込んでみた。わざわざ高いお金払って飛行機に乗って、会ったこともないひとたちと飲むのもなぁとギリキリまで迷いつつ、また結局、私をこっぴどく棄てた元彼に連絡する勇気もないまま、なんとかその日、東京のその会場についた。

ちょっとしたイベントのあとの懇親会。立食パーティーだった。顔見知りも付き添いもいない私だったが、共通の趣味を持つみんなはやさしい人たちで、同じテーブルについただけで気さくに話した。いい感じに話を盛り上げながら、適当に転々としながらいろんな人と話していた。そこで、なんかの流れで一緒に話すようになった男性二人。正直、片方を一目見て、カッコいい、と思った。年齢不詳、身長はスラリと180cmくらい。通った鼻筋にやや外斜視気味のミステリアスな瞳。一般的なイケメンかはわからないが、私には輝いて見えた。でも実は超絶人見知りの私は、同時に「考えてることが見えなくて怖いな」という印象も持ちつつ、なんか適当に話してた。

相手も興味を持ってくれたのか、自然に二人で話す雰囲気になった。今日は遠方の○○から参加しました、といったら「よく出張で行くけど○○好きだよ」と言ってくれたり、共通項が多くて盛り上がった。内心は合わせてくれてるのかなーとも思いつつ、でも楽しくて、話しやすくて、あれこれ話した。「僕ちょっとお手洗いに行きますが、まだ話したいんで、ここで待っててもらえますか」まっすぐに言われて、ドキッとした。左手の薬指に指輪があったから、「まあ話が合うってだけかな」と、その気持ちを打ち消した。

適当にその後は、他の人ともしたようにSNSを交換して、年齢が見た目よりずっと上で私よりずいぶん年上であることがわかって、わりとたくさん話して、その会は終わった。正直もっと話したかったけど、二次会には参加しないということで、「また○○出張のときは連絡しますね」という話でお別れした。指輪のことは聞かなかった。ひょっとしたら聞きたくなかったのかもしれない。

飛行機の距離だし、出張で来るかもというのは社交辞令だろな、もう会うこともないかな、と全く期待はしてなかったんだけど、そのあとSNSで毎日のように連絡が来た。礼儀正しくて、嫌な感じがなくて、回数も多すぎなくて、だからといって間も開けすぎなくて、自然と会話が続いた。来月にもそちらに出張で行くから飲みましょう、ということだった。このひと既婚者じゃないんだろうか?と不思議に思いつつ、SNSの多数の投稿をくまなく見たけど唯一左手が写ってる写真では指輪が写ってなくて、家族に関する記載もなくて、でも今のところ友達なのにわざわざメッセージで「独身ですか」ときくのも変かなと思いつつ、オフ会の多いクラブなので、まあこんなもんかと快諾した。

忙しかったけど、なんとか店を選んでその日、会った。カジュアルな服装だった先日に対して、今回はよく手入れされた高そうなスーツを着こなしていてかっこよかった。知り合ってたったの二回目なのに話が弾んで、それは彼が営業マンだから接待はお手の物なのかなとも思うけど、とにかくリラックスしていろいろ話した。当時仕事がきつくて、あんまり味方になってくれる人もいなかったんだけど、ついこの間知り合ったばかりのその人は、紳士的に愚痴を聞いてくれて、中立的な助言をくれた。楽しいなーと思いながら何も考えずガブガブ酒を飲んだ。酒には強いからわりと飲んでも大丈夫なのだ。

二軒目は近くのバーに行った。前から行ってみたかった雰囲気のいいバー。暗い照明の静かな店内、カウンターで並んで話しているとやっぱり楽しくて、安心して、横顔かっこいいなー。と思って見てた。この人とまた恋愛が始まって、東京に引っ越す未来がすんなり想像できた。で、聞いた。「結婚してるんですか」「え…今きく?してるよ」戸惑ったように答えてくれた。「そっかー」。じゃあただの飲み友達だな。「してないかなって期待したんですけど。指輪はしてるけど女よけとかかなぁって」

この人と結婚したいなって思いは一瞬で夢に消えて、でもそもそも始まってさえいなかったんだなと、悲しかった。けど、笑顔を作って。ふつうにまた話してた。

「髪の毛キレイだね」「スタイルいいよね」なんか褒めてくれるようになったけど、結婚してる人とどーこーする気がなかった私は、ずいぶん飲んで酔ったまま、「ありがとうございまーす」「背が高いんですよねー〇〇さんも大きいですよね」などと、頭をポリポリかきながらふつうに褒め言葉を受け取り、相手に返してた。今思うと絶望的にニブすぎる。彼は口説きあぐねていたに違いない。

ふと彼が、左手を差し伸ばして私の右手を握った。指輪をつけた左手で。「えっ」びっくりしたけれど、肌が触れて気持ちが良かった。握り返した。こないだの恋が終わってからずっと痛まなかった胸が、キュンとした。二人とも言葉が少なくなって、私は俯いた。

「出よう」そう言われて、出たらどこに行くんだと戸惑いつつ、でもそのスマートなエスコートが自然で、あとに続いた。手を握って歩いて、話した。「〇〇さん結婚してるじゃん」「そうだよ」「変じゃないですか」理性で話しながら、でも私はいつの間にかこの人を好きになったことを自覚して、困っていた。結局、泊まってるホテルに誘われたけど酔った頭で断固として断り、手を繋いだまでで、帰った。

日常に戻ってからも、私はずいぶん困惑していた。不倫とか無理。既婚者とどうこうとか無理。親も泣くわ。つか勘当だわ。てかあのとき私口説かれてたのか。どんだけニブいよ私。つかあれで口説いてたんなら私今までもずいぶん口説きをスルーして生きてきてしまったぞ。でもかっこよかったな。ひさしぶりにときめく感情を思い出した。独身だったら…って考えたけど、夢だったな。虚しいな。

一人で何回か泣いて、気持ちを整理した。私はどうしたいか。理性は不倫なんかダメ!と言ってたけど、あんなに素敵な人が好意を持ってくれたことが、すごく私の自信になった。失恋したときはもう一生恋愛なんて無理だ、こんな女だれも好きになってくれない、一生独りかもしれない、と絶望の淵にいたけれど、そうじゃないかもしれないと、思えた。

犬に噛まれたと思って忘れようともしたけれど、無理だった。何日かかけて心を決めた。「とりあえず今気になってる気持ちを認めよう。また会って気持ちを確かめよう。会ってそんなことになって、いざ訴えられたら、家族には土下座して全面的に非を認めて、慰謝料も覚悟しよう」「つか、向こうは既婚でこっちは未婚。私に相手ができたら、この関係は終わり。つまり、主導権を握れるのは私。向こうは家庭がある分私に不誠実だ。私も、傷ついた心を癒やすために主体的に活用してやれ」。へんな覚悟を持った。勇気を出して、東京に行くのでまた会いましょうと連絡をした。前回以来連絡はとっていなかったから、返事さえ来ないかもと不安だったけど、ちゃんと連絡は来て、また会えることになった。

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