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星をかすめる風

 韓国の詩人、尹東柱を描いたフィクション作品。
日本留学中に朝鮮独立運動に参加した罪で福岡刑務所に収監された事実に基づき、その福岡刑務所が舞台となっている。作者のイ・ジョンミョンが「私は史実や事実よりも美しい虚構を書きたい。」と語っている様に、これは読み手が「尹東柱はこんな風に生きたと信じたい」と思うものなのかも知れない。内容はかなり戦時中の深い部分にも触れているので、日本で読まれる時にはいろいろ物議を醸しているのかも知れないけれど。私は戦争の持つ滅茶苦茶さのインパクトだけ心を奪われないように丁寧に読んだ。

 私にとってこれは、言葉や本、知ること自体の意味を語る物語だ。そして、今時代を超えて自分の魂に完全に忠実になれない立場にいる人たちの心を掴む話。尹東柱の繊細さとしなやかさ、愛に満ちた言葉や行いの美しさと戦争下で狂っていく世の中とのコントラスト。
 
 敢えて学ばず、敢えて知ろうとせずいることを選ぶのか、知って尚魂に忠実に生きることを選ぶのか。私たちは常に選択の中にいる。そして生きなければならない。

 鴨良子さんの訳も素晴らしく、引き込まれた。

<心に残った言葉(順不動)>
●「誰かの胸に根付いた本は、絶対に死なない。」

●矛盾は嘘ではなく、真実を強める方法なのです。

●あなたは自らを無罪だと思いますか。
いいえ、私は有罪です。私の罪は、何もしなかった罪です。

●...信じたかった。戦争の狂気が言葉を圧殺しても、その野蛮性を証拠立てる手段は、結局言葉しかないはずだと。いちばん純潔な言葉だけが、最も残酷な時代を証言できるということを。

●天使のようにやさしく、英雄のように勇ましく死ぬよりは、悪魔のように心がねじ曲がっても生き残るべきです。生き残ってこそ、この穢らわしい戦争が終わるのを見、悪魔が消え去るのを見届け、傷ついた人々が慰められているのを見ることが出来るのだから

●ある本を読んだ人は、その本を読む前の人ではない。文章は、一人の人間を根こそぎ変化させる不治の病だ。

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