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『十訓抄』小式部内侍が大江山の歌のこと01(古典ノベライズ前編)

 図書子(としょこ)さんと最後に会ったのは、数年前の地元・鳥取での成人式だったかな。
 そのうえ「会った」というよりは、振袖の彼女を一方的に「見かけた」レベルだったけど。
『図書子さん』というのは僕が心の中で勝手にそう呼んでいるだけで、それは彼女が中学・高校と図書委員だったものだから。
 親しい間柄ではなかった。
 フルネームは確か、式部(しきべ)……うーん、下の名前は、思い出せない。

 今日の番組撮影にやってくるゲストの、式部という少し珍しい苗字を聞いたときに、某テレビ局のADであるぼくは、同郷の図書子さんが来ることを密かに期待していた。
 果たして、僕の待機するテレビ局入り口につけられたタクシーから、彼女は現れたのだった。

 平身低頭で僕が声をかけると、そんな僕に負けないくらい、図書子さんは頭を下げ返した。
 図書委員長をそのまま成人させたような、地味なメガネで上目遣いの黒髪ロングの女子大生は、ADの僕にまでかなりの気を遣ってくれているようだった。
 僕が同じ中学高校に通っていたことには、気づいていないみたいだけど。
 彼女はふわっとした白いロングのワンピースを春風で揺らしながら、まずは蚊の鳴く小さな声で、謝罪を始めたのだった。

「あの……すみません。来るのが、私で。代役で、すみません」
「いえいえいえいえ! 無理を言ったのはこちらの側ですので!」
「うちの母は、その、天橋立に、取材で」
「ああ、丹後半島! いいところですよね。出版社の方とご一緒ですか?」
「いいえ。母の浮気が心配だからついていくって、父が一緒に。……あっ、余計なことを言いました。すみませんっ。とにかく私なんかが代役で来て、力不足で。すみません」

 彼女の母親は、先日某有名文学賞をとある問題作で受賞した、いま一番目を引く小説家だった。
 本当は撮影にはそっちを呼んだのだけれど、丹後半島に行く予定があり都合のつかない母親は代役を立てたのだった。
 ちなみに僕は文学に関してはまるでわからないんだけど、なんでも受賞作は1冊すべてがカーセックスについての話らしく、お偉い評者曰く「人間の命の在り方を再考させられた」なんだそうだ。

 そんなぶっ飛んだ母親を持った図書子さんが今日ここテレビ局に来たのには、もちろん、とある経緯があって……。
(続く)

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